■自治体ごと支援の差
福祉輸送、特に費用が安いNPOなどの移動サービス(福祉有償運送)は地域密着型です。自治体が“ライフライン”の1つとして、積極的に活動を支援するかどうかで、利用者の使い勝手も大きく違ってきます。都市部でも、お隣の市や区と比べて、「なんでこんなに差があるの」と驚くケースは多いようです。(中川真)
「区の委託タクシーの予約受付は1カ月前から。予約が始まると、すぐに電話するんだけど、『一杯です』って断られることも…。困っちゃいますよね」
昨年、東京都江戸川区から、隣の江東区に引っ越してきた北田藍子さん(42)=仮名。共働きの夫(45)、在宅介護の義母(72)との3人暮らしだ。
夫婦ともに仕事が重なり、どうしても介護ができないときや、たまに息抜きの旅行に出かけたいときなど、月1回程度、ショートステイを利用している。
いつも問題になるのが、施設までの送り迎え。江東区内には、全区的に活動しているNPOの移動サービスがない。そこで、ケアマネジャーから聞いた区委託の「高齢者・心身障害者リフト付き福祉タクシー」の利用認定を受けた。
タクシー会社に電話予約すれば、予約や送迎の料金なしで、中型タクシーと同じ運賃でリフト付き車に乗れる。それだけに、結構人気がある。「『時間をずらしてくれれば、何とか行けますよ』と、言ってくれるときもあるけど、その時間帯が仕事と重なっていたりすると、どうしようもないですね」(北田さん)。
送りの車は確保できても、帰りの車は再び、帰宅日の1カ月前に電話予約をしなければならない。予約が取れず、帰りだけ民間の福祉タクシーを頼むこともあるという。
「江戸川区にいたころは、区内全域で使えるNPOがあって、通院時などに使えて、とても便利でした。バリアフリーを考えて新築したのに、移動の面では、逆に不便になってしまいましたね。引っ越し先はよく調べないと…」(北田さん)
◇
隣の区なのに、大きな差が生じる背景には、福祉輸送に対する区役所の取り組みの違いがある。
江戸川区で北田さんが使っていたのは、NPO法人「ハンディキャブ江戸川区民の会」だ。運転ボランティア15人で7台を運用し、「旅行に行くので、駅まで送ってほしい」といった要望があれば、早朝などの迎えもするという。
最大の特徴は、区が運営費を年間240万円助成し、事務所も提供していることだ。20年の歴史があり、区内の福祉輸送の中核になっている。
事務局によると、予約を断るのは、最も利用者が多かった平成14年ごろでも、月900件の依頼のうち、40件程度だったという。
それに対して、江東区は平成6年度から、介護タクシーの予約や送迎の料金を肩代わりする方法をとっている。区担当者は「年間3000万円の予算を組み、1社の4台を委託している。確かに、台数はまだ足りないと思うが…」と説明する。だが、予算上、増車は難しいのが実情だ。
実は、江東区でも2つのNPO団体が移動サービスの活動をしている。しかし、リフト付き車が、それぞれ1台しかなく、「依頼に応じきれないので宣伝していない」(団体の関係者)。このため、存在を知らない区民も多いようだ。
このほか、区社会福祉協議会も、3台のリフト車を区民に貸し出す。運転ボランティアが必要な人には紹介もするが、「車が空いていても、ボランティアがつかまらないケースも多々ある」と説明する。
江東区の施策は、区民が福祉輸送を使えるように、との“苦肉の策”。しかし、江戸川区の10倍以上の予算を使っている割には、「費用対効果」は、よくなさそうだ。
◇
行政として、さらに積極的なのが、東京都武蔵野市。市福祉公社が平成12年度から「レモンキャブ」という移動サービス(9台)を運営している。運行を商店街などのボランティアに依頼する方法で、30分800円の利用料は、そのままボランティアにわたる。
年間約1600万円の運営費は、すべて市の予算で賄われており、年間1万5000件強の利用がある。
最近では、大阪府枚方市や東京都世田谷区などが、利用者の要望に合わせて、移動サービスを紹介、手配する「共同配車センター」に補助を行う。
だが、福祉輸送を重視する自治体はまだ少ない。NPO法人「全国移動ネット」の伊藤みどり事務局長は「行政が必要性を本当に感じてくれないと、住む所によって高齢者や障害者の移動に格差が広がってしまう」と指摘している。
(2007/05/16)