■竹、イス、柔道着の帯 身近な物が福祉用具
「年老いても自宅で暮らし続けたい」と、望む人は多いはず。神奈川県の元布団職人の高橋清さん(96)は6年前、脳梗塞(こうそく)で倒れた後も、住み慣れた自宅に住み続け、今も1人暮らしです。1人暮らしを実現するため、自宅に施したさまざまな工夫は、既製の福祉用具をしのぐ効果。参考になることも多そうです。(永栄朋子)
見慣れたドロップ缶にタコ糸が巻きつけてある。糸先には50円玉。固い缶のふたを、てこの原理で簡単に開ける仕掛けだ。タコ糸があるから、硬貨をなくすこともない。
「5円玉じゃなくて50円玉? 奮発したね」。ヘルパーさんの明るい声に、高橋さんの目尻が下がる。
高橋さんは、2人の娘宅に挟まれるような形で、神奈川県藤沢市内の自宅に1人で暮らす。後遺症で右半身に軽いまひがあり、要介護2。だが、それ以外に問題はなく、毎朝、経済新聞で株価のチェックを欠かさない。「買うわけじゃないけれど、株価を見ているだけでおもしろい」とほほえむ。
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「とにかく、すごいお宅なの」。築60年になる高橋さん宅は、介護家庭を数多く訪れてきたヘルパーさんたちをも驚かす。何げない工夫が、高橋さんの自立した生活を支えているからだ。
玄関の引き戸を開けると、まず目に入るのが、裏庭の竹と、使わなくなったイスを利用した手すり。
居間から台所に続く壁の手すりには、柔道着の帯が巻きつけてある。クルクルと3回巻いただけだが、大人が体重をかけても大丈夫。手すりが途切れた先は、この帯が手すり代わりだ。固定式に比べ、可動域が広く、足元がおぼつかない高橋さんも安全に台所にたどりつける。
「首つり用みたいだけど、これもすごい」と、ヘルパーさんが感心するのは、トイレの天井からつるしたロープ。高橋さんは「壁の手すりは片手しか使えないから、立ち上がりづらい」。目の前にぶら下がるロープなら、まひがある右手もそれなりに使えて、立ち上がりがぐっと楽になるという。
散歩用のベルトはもともと、工事用の命綱をつなぐもの。ロープを持つヘルパーさんは「転ぶ危険性が減るから、寄り添って歩くよりもいい」。高橋さんも「1人で歩くよりずっと楽」という。
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生活を支えるこうした道具の作製には、孫や大工さんの手も借りるが、発案はすべて高橋さん。「娘に『ゴミばかり拾ってきて』と怒られる」と頭をかくが、何げない工夫は、若いころからの趣味だ。
「おっかあが生きてたころは、よく『ここ持ってて』などと手伝わせて、『自動的に押さえる機械を作れば?』といわれた」と笑う。
今でこそベッドの上で過ごすことが多くなったが、80代は仕事や温泉旅行を謳歌(おうか)した。温泉には、プロ級という自作のドラ焼きを持参し、「おばあさんたちをはべらせていた」(長女の美穂子さん)という。
90歳で脳梗塞に倒れるまで、現役の布団職人として活躍。それまでは年金に手をつけず、仕事の収入だけで暮らせた。「すぐれた人の仕事を目で盗み、『あの人に頼めば間違いない』といわれるようになれば、年を取っても仕事が追っかけてくる」と淡々と語る。
ショートステイも月に一度ほど利用するが、高橋さんにとって居心地がいいのはやっぱり家。さまざまな工夫で、それを実現させている。「この家で無念無想で過ごすのが、今は一番、幸せ」と話していた。
(2007/06/15)