■当事者意識薄い自治体
「手厚い介護」をうたう有料老人ホームでも、入居後に「話が違う」と悔しい思いをするケースは珍しくありません。しかし、ホームとのトラブルは、公的機関に相談してもなかなか解決されず、泣き寝入りに終わる場合もあるようです。介護保険の導入後、ホームの急増に、自治体などの体制が追いついていないのが現状です。(寺田理恵、永栄朋子)
関西地方に住む池田洋子さん(55)=仮名=は、要介護5の父親(83)を有料老人ホームに預けて1年半になる。入居金として3600万円を支払った。
ホームは手厚い人員配置をうたうが、派手な宣伝や高額な入居金と裏腹に、池田さんは「実態は高級収容所です」と憤る。
「熟練したスタッフ」のはずが、硬直した父の体を力任せに引っ張り上げたりする。朝晩の歯磨きで維持してきた歯は入居3週間で3本もなくなった。尿取りパッドの交換も、スタッフが3人がかりで「これ、どうやってつけるん?」。
入居の決め手となった施設の説明にも今や、疑問がわく。父と同じ症状の入居者が、高名な医師の往診で元気になったという話だったが、該当しそうな人が見当たらない。「医師の往診はなく、職員に『どの方?』と聞いても、困った顔をするだけ。施設長は『個人情報だから』と教えてくれません」
水分補給が足らず、脱水症状を起こしていたこともある。
ケアが貧しいことに我慢できず、今は月に40万円かけてヘルパーを雇う。ホームにはほかにもヘルパーを雇う入居者が複数いる。何のために高額の入居金を払ったのかと、怒りがわき上がる。
介護の電話相談や自治体、消費生活センターなど、思いつく限りの機関に相談したが、解決しなかった。ホームの所在地の国保連合会(国保連)にも「不十分なケアで脱水症状や低栄養状態になった」と訴えた。国保連はホーム側に「家族の意向を確認しながら、ケアプランを作成し、速やかに同意を得てください」などの指導・助言を出したが、状況はほとんど変わらないという。
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関東地方の有料老人ホームに夫婦で暮らし、連載2回目に紹介した赤塚章子さん(80)=仮名=も、夫(84)の介護サービスが不十分だと、国保連に苦情を申し立てた。
内容は「夜間の排泄(はいせつ)時の起き上がり介助は『必要時』に行われるはずなのに、定時にしか受けられなかった」「介護サービスは週2回の掃除だけだが、国から支払われている介護報酬19万円はどうなっているのか」など。
赤塚さんが国保連から受け取った苦情処理結果通知書によると、ホームが入居者に示す「介護サービス一覧表」には「誤解を与えやすい表記があった」とされ、「トイレ誘導や排泄介助を適切な方法で実施する」「介護サービスの内容について、分かりやすく適切な記載」などが求められた。
しかし、その後も介護報酬に関する説明は分かりづらいまま。県や市の担当部署、厚生労働省など、思いつくかぎりの機関に足を運び、疑問をぶつけた。たいていの窓口の担当者が意見にうなづいてくれたが、現実には何も変わらなかったという。
「安心して入居したのに、もう4年も同じことを考え続けて、このまま年老いていくなんて、自分でもばかだなあと思う」と嘆く。
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有料老人ホームなどの介護保険サービスに対する苦情相談は、市町村や都道府県、国保連などが窓口になる。しかし、「窓口を通しても解決に結びつかない」という声もある。
介護報酬を管理する国保連は都道府県ごとにあるが、対応に温度差があるのが実情だ。
国保中央会によると「指導・助言の後、施設側には改善内容の報告が義務付けられている。しかし、その報告を受けて終わる連合会もあれば、改善されたかどうか再調査するところもある。連合会の体制や、自治体との連携などで違いが生じる」とする。
国保連の苦情処理が実効性を持つには、有料老人ホームに対する指導や、介護保険の指定取り消しの権限をもつ都道府県との連携が不可欠。しかし、肝心の都道府県の体制は、立ち遅れが指摘される。
国民生活センターの調査(平成17年)によると、有料老人ホームを担当する専任職員がいる都道府県などは10自治体。全国でわずか11人だった。中には221ホームもあるのに、専任職員がいない自治体も。
苦情などへの対応も、「消費生活センターや、国保連など、ほかの部署・機関を紹介する」という自治体が3割にも上り、当事者意識の薄さが浮かび上がった。
“ついの住み家”としての期待が高まるなか、有料老人ホームに対する都道府県の指導権限は昨年4月、強化された。監視対象になるホームの範囲も広がり、立ち入り検査権もできた。
「入居前は夢ばかり見させられた」と嘆く高齢者を少しでも減らすには、都道府県の体制整備が急がれる。=おわり
(2007/07/27)