産経新聞社

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特養に入れない!(下)優先順位の機能不全


 多くの自治体では、特別養護老人ホームの待機者に優先順位をつけて対応しています。しかし、施設側からは「人手が足りず、受け入れられない」という悲鳴が上がります。中には、「介護度が重い人は断っている」という自治体も。優先順位はつけたものの、それが機能しないのが現状のようです。(永栄朋子)

 「待ってもらっても、無駄というか…。うちでは胃ろうの方は最初からお断りして、特養の待機者リストには載せません」

 首都圏のある自治体。介護施設サービスの担当者によると、この自治体では、経管栄養の人の入所申し込みは受け付けていない。最近、特に増えているのが、胃にチューブを差し込み、直接、栄養補給をする「胃ろう」の人だ。

 脳卒中の後遺症などで、口から食べられなくなった人が受ける処置だから、胃ろうの人の要介護度は一般に高い。

 自宅で暮らしながら特養の入所を望む人も多い。しかし、ほとんどの特養は、夜間に看護師がいないことを理由に、受け入れを制限している。このため、優先順位は高くても、なかなか入所できないのが実情だ。

 この自治体が“さぼっている”わけではない。自治体内の特養で、要介護度4と5の「重度者」が占める割合は、7割超。全国平均の65%よりも高い。担当者は「どこの特養も、今いる重度者の対応で手いっぱい。『これ以上の引き受けは無理』と断ってきます」と説明する。

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 申し込みを断りはしないまでも、他の自治体でも状況は変わらない。

 1400人の待機者を抱える首都圏の別の自治体担当者は「待機者の上位約70人は、ほとんどが胃ろうの人。優先順位は高くても、受け入れ先がなかなか見つからない。結果として、優先度の低い人が先に入所していく」と説明する。

 優先順を取り入れた5年前から、優先度が最高なのに、入所できない人が十数人いるという。胃ろうや認知症による問題行動があって、特養から入所を断られてしまうためだ。

 施設と入所選考について話し合うたびに、最優先なのに、入所できない人が議題に上がる。

 「施設側が『受け入れられない』と言うので、どうしようもありません。『静かに寝ていて問題がない人』が一番、入りやすい。自治体の担当者はみな同じジレンマを抱えていると思います」

 首都圏の別の自治体の担当者も、「最優先グループで入所を待つ人が、4年前から100人近くいる」と、頭を抱える。

 だが、こうした自治体は入所に関与するだけ、良心的。「入所は施設と本人の契約だから」と、施設に“丸投げ”する自治体も珍しくないからだ。

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 施設側も軽い人を選んでいることを認める。宮城県内の介護士(30)は「勤務先では、あえて介護の必要性が低い人を選んでいる」と証言する。

 「スタッフを募集しても、人が集まらないから未経験者を雇う。そうすると、経験者の負担が重くなり、経験者の方が辞めてしまう悪循環です。こんな状態で優先順に重度の人を引き受けたら、ますます経験者の負担が増えて現場が機能しなくなる」と嘆く。

 優先度が高い人が入所できないことについて、NPO法人「特養ホームを良くする市民の会」(東京都新宿区)の本間郁子理事長は「これだけ入居者の重度化が進むと、特養側の努力にも限界がある。国の人員配置基準を見直すべきではないか」と指摘する。

 特養の人員配置は、入所者100人に対して、看護師は3人。介護職員は31人。夜勤はお年寄り25人に対して、介護士は1人。「20歳そこそこの介護士が夜間、1人で亡くなる人を看取(みと)ることもある」(本間理事長)という。

 これに対して、厚生労働省老健局計画課の内山晃治課長補佐は「入所選考は公正にやってもらいたい。ただ、医療ニーズの高い人は、特養よりも、老人保健施設の方が向いているのではないか」と話す。

 しかし、やや古いが、平成13年の「介護サービス施設・事業所調査」によると、胃ろうなど経管栄養の人は、特養で4・9%なのに対して、老健では2・3%。たんの吸引の必要な人は、特養に3・6%なのに対して、老健に1・8%。逆転現象が生じているのが現実だ。

 厚生労働省は「国としては、24時間体制で看護師を常駐させるなど、医療強化型の老人保健施設の整備を検討している」(内山補佐)とする。医療ニーズの高い待機者の受け皿として、老人保健施設の整備を進めるというわけだ。重度の要介護者が、特養であれ、老健であれ、門前払いを食わされずに済むようになるのは、いつのことだろうか。

(2007/10/03)