産経新聞社

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介護報酬ヘルパーへの配分(3)経営難の訪問事業



 ■改正で高まる人件費率

 深刻な人手不足を背景に、介護報酬の引き上げを求める声が高まっています。特に、訪問介護事業は経営難。売り上げに占める人件費の比率が80%に上る事業所も、少なくないようです。(寺田理恵)

 「介護というと、おむつ交換が大変と思われがちですが、それは仕事のごく一部です。介護は『生きていてよかった』と思ってもらうための、最後の支え。コムスンショックでイメージが落ちましたが、やりがいと魅力があり、必要とされる仕事です」

 介護福祉士、中山敦子さん(40)=仮名=の言葉の端々に、介護職の自負が感じられる。

 中山さんは一時期、コムスンの訪問介護事業所の責任者だったことがある。

 「コムスンで人が安く使われていたのは事実です。新卒で20歳そこそこの正社員の手取りが14万円。それでパートが嫌がる朝7時や夜9時の時間帯に入る。給与が低くて、暮らすのが精いっぱい。携帯電話代が払えず、ろくに食べていない状態でした」と、当時を振り返る。

 コムスンは、ヘルパーの訪問ルートごとの1日の売り上げをルート単価と呼び、1万数千円のノルマを課していた。中山さんは「机上の計算では、報酬の高い『身体介護』で埋めて、1日1万8000円。しかし、現実的には、ルート単価が1日1万円として、月に20日働いても、介護報酬は20万円にしかならない。そこから経費を差し引けば、賃金は高くならない」と分析する。

 それでも、不必要なケアや介護保険対象外のサービスを減らし、介護保険に適合するよう事業所の業務を整理しつつ、利用者数を伸ばした。自身も現場のケアに入り、私生活もないほど働いたが、手取りは23万〜24万円だった。

 中山さんは大手企業から転職、特別養護老人ホームで介護主任を務めた経験もあり、訪問介護は施設と比べ、収入が不安定だと指摘する。

 施設には、入所者の要介護度に応じた介護報酬が支払われるため、要介護度が4や5の重度者でベッドが埋まると、収入は高くなる。空床が生じてもすぐに埋まるので、安定した収入が見込める。

 一方、訪問介護の収入は、利用者の入院や死亡に左右される。介護報酬の高い重度者が1人減ると、報酬が大きく減る。しかし、利用者数が多ければ、急に1人や2人減っても影響は抑えられる。施設と違い、利用者を増やす余地はある。「ベッド数が限られる施設は、満床にすれば売り上げが頭打ち。一方、在宅はマーケットが大きい。だからコムスンは、顧客数増にこだわった」とする。

 中山さんのいた事業所では、介護報酬のほぼ半分が職員の給与。残りはほとんど本社が取った。赤字の事業所の補填(ほてん)に回す分もあり、全額が本社の取り分ではないが、「六本木ヒルズの家賃や本社社員の給料、宣伝広告費は、どう捻出(ねんしゅつ)するんだろう」と、話題にしていたという。

 介護報酬を上げれば、ヘルパーの賃金は上がるのか。見極めには、まず介護報酬の配分を把握する必要がありそうだ。

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 都内で複数の事業所を持つ訪問介護会社を経営する男性は「介護保険導入当初の『開拓時代』は右肩上がり。事業所を増やせばもうかりました。コムスンも人がそろわないうちに、どんどん拡大したんでしょうね」とみる。

 「うちは、事業所の所長が基本給のほかに、業績給を取っていました。ヘルパーの賃金は他と同程度でしたが、所長の中には年収1000万円の人もいました。しかし、介護保険法の改正で会社全体が2割の減収となりました」と明かす。

 事業所を統廃合し、所長の給与も見直した。しかし、売り上げに占める人件費比率は約80%。「本社経費を削れるだけ削るしかない」という。

 減収の背景には、軽度者へのサービス圧縮があるようだ。介護保険創設当初には、事業者が利用者の掘り起こしを盛んに行い、要介護度の低い高齢者への保険給付が膨らんだ。そのため、改正介護保険法では、軽度者への「生活援助」が給付削減のターゲットに。予防給付(サービス)が導入され、要介護度の低い「要介護1」の利用者の多くが、より軽い「要支援2」「要支援1」に移行した。

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 首都圏などで夜間訪問サービスを拡大する「ジャパンケアサービス」(本社・東京)の池田尚・取締役秘書室長は「予防給付の導入で介護報酬が下がった。8000人だった利用者数は1000人の純減。訪問介護事業単体では赤字で、人件費の比率は80%近い」と、改正の影響を説明する。

 人件費の比率が高くなる要因には、首都圏での人手不足もある。時給1100〜1200円ではヘルパーが集まらない。ヘルパーに経験を積んで技術を上げてもらいたくても、非常勤の方が実収が高いため、正社員登用は敬遠されがちだという。

 「福祉の仕事は、『やりたい』という層がいるので、そこに甘える部分もある。しかし、東京は限界。将来的に軽度者対象のサービスはなくなっても、中重度の介護報酬を上げてもらいたい。そうすれば、ヘルパーの時給は上がるはずだ」と、人材確保の緊急性を強調する。

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 次回は、26日に掲載します。

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【用語解説】予防給付

 介護保険で「要支援1」「要支援2」に区分される人に提供されるサービス。平成18年4月施行の改正介護保険法で導入され、従来の「要支援」と「要介護1」だった人の多くが移行。利用上限額が大幅に下げられた。12年の介護保険創設以来、保険給付額が倍増したため、その原因とされた軽度者の訪問ヘルパー利用を圧縮するねらいがあった。

(2007/11/21)