産経新聞社

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介護職のチカラ(下)日常の活動向上


 ■「あきらめない」を支援

 「墓参りに行きたい」とお年寄りが願っても、介護保険で付き添いはできません。しかし、介護職が「階段の上り下り」「ぞうきんを使う」といった日常の活動を向上させれば、実現に近づきます。おむつ交換や調理など、本人にできないことを補うだけが介護ではありません。人生をより豊かにすることができるのです。(寺田理恵)

 大地震が起きると、被災者の生活は一変する。

 すし詰めの避難所。ボランティアによる配膳(はいぜん)・下膳。狭いスペースに座ったままのお年寄り−。平成16年の新潟県中越地震では、避難生活が続く中で、歩く機会がほとんどなくなった高齢者の姿が見られた。

 厚生労働省研究班の調査では、被災した高齢者のうち、要介護認定を受けていない1626人の約3割の歩行機能が低下していた。

 こうした機能低下は、「生活不活発病(廃用症候群)」と呼ばれ、筋力だけでなく全身で起きる。「風邪で寝込んだ後、外出ができなくなった」「お嫁さんに世話を焼いてもらっているうちに、もの忘れがひどくなった」なども、よくあるケースだ。

 日常生活で活動の量や質が低下し、生活がさらに不活発になる。悪循環で車椅子(いす)生活や寝たきりにつながる恐れがある。

 国立長寿医療センター研究所(愛知県大府市)の大川弥生・生活機能賦活研究部長は「心身の機能が低下しても、年のせい、病気のせいと、あきらめない。いかに幸せな生活を送るのか、今から何をしようかを考え、自己決定することで、その先の人生は違うものになる」と断言する。

 社会学者の鶴見和子さんも、7年に脳出血で倒れた後、椅子からの立ち上がりもできなくなったが、大川医師にリハビリを受けて人生を取り戻した1人。18年に88歳で亡くなるまで、トレードマークの着物姿で講演し、著作集を完成させるなど多くの仕事を成し遂げた。「病乗り越え、なお冴(さ)える筆」。15年7月13日付の産経新聞読書面で、こう評されている。

 そんな鶴見さんも、いくつかの病院を経ても歩けず、着物も仕事もあきらめていた時期があった。著書で「もう歩けないということがわかったと思っていたんです。(中略)車いすに乗っているかぎり、私は転ぶことがない。だから安全な暮らしをしていたと自分では思っていたんです」(鶴見和子ほか『回生を生きる』三輪書店)と振り返っている。

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 程度の差こそあれ、要介護の高齢者は生活不活発病を起こしている。しかし、残っている機能を使えば、生活を活性化し、その人らしい人生を取り戻すことができる。

 「足腰が弱いから、掃除をしてほしい」「料理をしてほしい」と求める前に、どのように人生を楽しむかを考え、「着物が着たい」「仕事を続けたい」などの目標をもつことが大事だ。

 当人の一生を考えて介護の方法を決めることを、大川医師は「目標指向的介護」と呼ぶ。「生活不活発病を本人が知っておくこと。誰もが知って、人に接すること。自分でできることまで、やってくれるのが、良い介護ではないという知識をもつことが必要です。介護保険でできるサービスが、介護のすべてではない」と強調する。

 例えば、介護保険で墓参りの付き添いはできないが、だからといって「墓参りに行きたい」というお年寄りの願いを、介護で実現できないわけではない。墓参に必要な「階段の上り下り」などの日常の活動ができるよう支援することは、介護職の仕事だ。

 訓練室で理学療法士や作業療法士が能力を高める努力をする一方で、看護職や介護職は病室や自宅で日ごろ行っている活動を向上させる。介護は、できない部分を補うだけでなく、良くすることもできる。大川医師は「良くする介護」と名付けている。                   ◇

 そのためには、「本人が将来、どんな生活を送ることが必要か」を的確に把握することが前提となる。ニーズを把握したり、能力を引き出したりするには、医療や介護など、専門職のチームワークが欠かせない。

 国際生活機能分類(ICF)では、本人のニーズは「心身機能・身体構造」「活動」「参加」の3つに分類される=図。チームの中で介護職が働きかけるのは、「している活動」の向上。

 例えば、主婦業への復帰を「社会レベル」の目標とするなら、家事や歩行などが「個人レベル」の目標。機能の回復が不十分でも、「活動」を向上させることで、「参加」の向上に結びつけられる。大川医師は「『している活動』の動作を良くすることは、介護によってできる」と話している。

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【用語解説】国際生活機能分類(ICF)

 「生きること」のすべての面を、生活機能として総合的にとらえる手法。WHO(世界保健機関)が2001年に採択した。本人と家族、異なる分野の専門職の間で、課題や目標を共有し、役割を明確化するための“共通言語”として注目される。

(2008/01/11)