産経新聞社

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効果を実感する介護予防(中)片手の料理教室

「片手の料理教室」。まな板のくぎで食材を固定すれば、半身まひでもタマネギのみじん切りやジャガイモの皮むきができる=山口市


施設内通貨「ユーメ」を賭け、ルーレットやトランプを楽しむ利用者。雑然とした家具や飾りつけが茶の間の雰囲気を醸し出す=山口県防府市


 ■意欲引き出すプログラム

 体操やゲーム、手芸、カラオケ、園芸療法−。デイ(通所)サービスには、さまざまなプログラムがあります。リハビリとして効果が期待できるのは、どんなプログラムでしょう。また、効果があるとすれば、プログラムの何が作用しているのでしょうか。(寺田理恵)

 半身まひの男女が陶芸に料理に内職にと、ひっきりなしに行き来する。

 タンスやソファがゴチャゴチャと置かれているのは伝い歩きのため。デイでは一般に座って過ごすお年寄りが多いのに比べると、「夢のみずうみ村山口ディサービスセンター」(山口市)のお年寄りは活動的。利用者の約4割が予防サービス対象の要支援1・2の利用者だが、要介護の人もいっしょに1日を過ごす。

 「木目は一つ一つ、みんな違う。きれいに出ると、うれしいですね」。木工旋盤を回しながら、松材にサンドペーパーをかけるのは豊田政治さん(74)。

 5年前に脳梗塞(こうそく)を起こし、左半身にまひが残った。ここで木工を始めると、木目の美しさに夢中になり、いつしか左手も使うように。「動かなかった左手が動くようになりました。握力は20キロ。女性と変わりませんよ」と、左手を開いてみせた。

 “村”の利用者数は1日平均75人。人数が多いだけにプログラムは多彩で、「片手の料理教室」もある。包丁で野菜を切りそろえ、薄切り肉で野菜を巻き、フライパンでいためるまで片手で行う。まな板に食材を固定するくぎが付いている以外、特別な道具はなく、家庭でもできる調理法だ。

 「近くのデイはおばあちゃん、おじいちゃんが遊ぶばかり。ここに来れば、なんぼかでもリハビリがあるから。回復したら、仕事をしようかと思う」と、新幹線で通ってくる男性(59)。

 講師の女性(57)も片まひの利用者。ここで50種以上のメニューが作れるようになった。「左手での料理はゼロから始めました。かんぴょうを結ぶのが少し難しいけれど、今は普通の主婦と同じです」と話す。

 ここでのリハビリは身体機能の回復訓練ではなく、生活行為の訓練。生活に密着したプログラムで在宅生活の方法を覚え、自信をつける。作った料理や工芸品は持ち帰る。家族も巻き込むのがねらいだ。

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 材料費やプールの使用料は、施設内通貨「ユーメ」で払う。ユーメを稼ぐ方法はいろいろ。プールで使うタオルをたたんだり、見学者を案内したりする手伝い業務もある。

 プログラムには、焼いたパンを家族と食べる、自分でつめを切る、通貨を稼ぐなどの目的がある。木工や料理が上達することで生活に変化が起きるのも、介護度の改善につながっているようだ。

 夢のみずうみ村は山口市のほか、山口県防府市にもある。防府ディでは、平成17年10月の開所から1年半で介護度が重度化した人は利用者の14%にとどまり、ほとんどが維持または軽減した。今年度は、利用者の状態が維持・改善したデイに対する介護保険の成功報酬の対象となっている。「車いすの人が、歩ける、つえが要らなくなる。自立と判定されて来られなくなる人もいるので、自費で通えるようにしました」と藤原茂理事長。

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 プログラムが本格的なだけに、娯楽との線引きが難しい面もある。例えば、海辺にある防府ディには、釣りなどのプログラムに使う中古クルーザーがある。「介護保険で贅沢(ぜいたく)に遊んでいるように見える」と批判を受けたこともあるという。藤原さんは「プログラムに使うクルーザーや陶芸の窯には投資するが、いすや照明器具はセール品を買い集めたので、ばらばら。人生の目的が増えるような道具を購入することで、ダイナミックでやりたくなるメニューをそろえている」と反論する。

 娯楽と一線を画するのは、利用者のやる気を引き出す仕掛けを随所にちりばめている点だ。茶の間のような雑然とした雰囲気は緊張感を与えず、利用者は気楽に動き回る。

 利用者自身がしたいプログラムを選ぶことで意思表示の機会を設ける。職員が集団を引っ張る形でないから、利用者同士のコミュニケーションが生まれ、施設外での食べ歩きサークルもできた。

 最も難しいのが、職員の教育。村では、自力でできる人には自分でしてもらい、うまくできずイライラが募りそうなときは、さっと手を出す「足し算の介護」。介助が必要な人には、できそうなら手を引く「引き算の介護」をする。

 「利用者が昼食のトレーを台車に移せないとき、移してあげるのは優しいだけの人。プロならトレーの片方だけを手助けする。足し算、引き算の見極めができるかどうかが、プロとアマチュアの違い」と藤原理事長。

 介護予防のプログラムは、何をするかより、どう意欲を引き出すかが鍵のようだ。

(2008/02/14)