産経新聞社

ゆうゆうLife

効果を実感する介護予防(下)筋トレ

60歳以上向け筋力トレーニング教室「シルバー元気塾」。通常コースのメニューは、かなりハードだ=三郷市文化会館


 ■楽しい雰囲気で習慣化

 2年前の介護保険法改正で、介護予防の筋力トレーニングがクローズアップ。多くの施設が機器を導入する一方、「年寄りが筋トレをさせられる」との反発もありました。しかし、高齢で体が弱っても、筋トレに励むお年寄りもいます。「関節の痛みが取れる」などの効果を実感すると、いっそう意欲がわくようです。(寺田理恵)

 「イチ、ニ、サン、シ…」。埼玉県三郷市の戸ケ崎老人保健センターでは月2回、お年寄りが大きな声で数を数えながら、ストレッチや筋トレに励む。

 「突っ張るよね」

 「気持ちいいね〜」

 畳の上に寝転び、関節を伸ばそうとして、思わず声がもれる。

 センターの筋トレ教室「シルバー元気塾ゆうゆうコース」は、要支援になる恐れのある「特定高齢者」など、体の弱い高齢者が対象。平均年齢は74歳と高いが、1年近く続けた成果か、長座体前屈で手の指先がつま先を越す人が少なくない。

 ヘルニアや脊柱管狭窄(せきちゅうきょうさく)症で足腰が痛いという女性(78)が「片足立ちができるようになったのよ。以前は靴下やズボンをはくためにベッドに座っていたけれど、いまは立ったままできます。効果は、ずいぶん大きいの」と左足を上げてみせた。

 参加者への指導や補助をするのは、サポーターと呼ばれる有償・無償の市民ボランティア。「畳の上をお尻で歩きます。腰のゆがみが取れます」などと、効果を説明しながら実演する。運動の成果をイメージできるため、少しきついメニューでも、続ける気になる。

 「豆まきしました?」「食べました」などと、サポーターとのやりとりも楽しそうだ。

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 三郷市が実施する筋トレ教室「シルバー元気塾」は平成10年、高齢者を対象にスタート。参加人数は今や1600人と、当初の20倍以上になった。改正介護保険法で要支援状態の手前の「特定高齢者」を対象にしたサービスが制度化されたのを機に、軽いメニューの「ゆうゆうコース」も始まった。

 参加者は1回2時間ずつ月2回、年間で20回通う。参加費無料で、水筒とタオル、小さなダンベルを持参する手軽さもあり、リピーターが多い。会場によってはキャンセル待ちがあるほど。

 長続きの秘訣(ひけつ)の一つは、期間が1年と長く、短期のトレーニングよりも効果を実感できることだ。

 「音楽がかかるわけでもないし、イチ、ニ、サンと延々と筋肉を鍛えるだけ。最初は嫌で嫌でしようがなかったのよ。だけど毎年、冬になったら左足の付け根が痛かったのに、全然痛くなくて。休まずに来ています」と通常コースに参加する60歳代の女性。

 サポーターがボランティアなのも、「先生が堅苦しくない」と評判がいい。

 参加者からサポーターになった男性もいる。高橋義宏さん(73)は11年に元気塾に参加し、通う回数を増やしたいと、サポーター養成講座を受講した。「1年通い、自転車で転倒しそうになったとき、足がさっと出て支えることができ、効果を実感しました。以前はよく風邪をひきましたが、ここ3、4年は大丈夫」と話す。

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 市が元気塾を始めた背景には、郊外の自治体に共通する悩みがあった。約40年前に建設されたエレベーターのない団地に住む高齢者が「体が弱ったら外に出られなくなる」と不安を抱えていたのだ。市民の声に応え、文化的な講座ばかりだった公民館の生涯学習に筋トレを加えた。

 効果は早い段階で表れた。市が13年から15年にかけて埼玉県立大学に委託して行った調査で、参加者131人と、参加していない同年齢市民131人で医療費を比較したところ、参加者では医療費が1人当たり5万円も減った一方、参加していない市民では6400円増加していた。市は元気塾を介護予防や医療費削減につながる取り組みとして推進している。

 元気塾の運動を監修する東京学芸大講師の宮畑豊さんは「始めようと思えば何歳でもできる。車椅子(いす)からの立ち上がりなど、できなかったことができると、また自信がつく。心を開いて元気になりたいと思えば、目標に近づける。教室だけでなく、自宅でも行うのが大事です」と、自発的な参加と運動の習慣化を指摘する。

 生活を活発化して、要支援や要介護状態になるのを防ぐ介護予防。考え方を定着させるには、高齢者の意欲を引き出し、効果を実感してもらうことが重要だ。

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【用語解説】特定高齢者

 要支援・要介護になる恐れのある高齢者。市町村が認定する。要支援認定者には介護保険の介護予防サービスが提供されるのに対し、特定高齢者には市町村の介護予防プログラムが提供される。

(2008/02/15)