産経新聞社

ゆうゆうLife

自力でトイレに行ける住宅改修(上)

新築時についていたL字形手すりは便器に近すぎて、役立たなかった(金沢善智・目白大学教授提供)


改修後は奥のドアを撤去し、手すりを入り口方向へ20センチ移動。車いすから立ち上がるための縦手すりも取り付けた(金沢善智・目白大学教授提供)


新築時に取り付けられていた球形のドアノブ(上)を、レバータイプ(下)に変更した(金沢善智・目白大学教授提供)


 ■人間の動きに家を合わせる

 1人でトイレに行けるかどうかは、在宅介護を続ける上で重要なポイントです。夜間のトイレ介助が必要だと、本人もつらいし、介護者の負担も大きいからです。トイレ自立は、手すり設置や段差解消などの住宅改修で可能になることもあります。ただし、その人の身体状況や生活を理解して行わなければ、効果が上がらないケースもあるようです。(寺田理恵)

 会社経営者の50歳代男性は、自立を目指してバリアフリーの家を新築したにもかかわらず、1人でトイレを使うことができなかった。

 男性は脳出血後、左半身にまひが残り、妻の介護を受けていたが、古い家屋は段差が多く、通院などの外出も困難。妻の介護負担は重く、それが男性のストレスになっていた。そこで、男性が車いすで移動できるよう、バリアフリー仕様の輸入住宅を新築した。けれども、妻の負担は減らず、夫妻は「新築してもダメ」と落胆していた。

 理学療法士で工学修士(建築学)の金沢善智(よしのり)・目白大学教授が男性のバリアフリー住宅での生活をみると、廊下やドアの幅が広いものの、肝心のトイレが少し狭かった。

 男性がトイレに行くには、ドアが障害となった。

 男性は車いすで便器に近寄れば、自分で便座に移乗できる。ところが、この家では、便器まで行くのに、最初に廊下のドアを手前に開けて手洗いスペースに入る。さらに奧のドアを開けなければならず、車いすでは奧まで入っていけなかった。

 手すりの位置も、男性の動きに合っていなかった。左半身まひの男性は便座から立ち上がる際、右側のL字形手すりにつかまるが、取り付けてあった位置は便器に座った状態で手前過ぎて、支えにならなかった。

 車いすを阻むドアや、不適切な手すり位置のため、男性はトイレでの動作全体に介助を必要としていた。

 また、男性は足に装具をつけ、つえを使えばゆっくり歩けるが、歩いてトイレに行こうにも、球形のドアノブを回すにはつえから手を離さなければならなかった。転倒の恐れがあり、歩いていこうとはしなかった。

 金沢教授は病院で9年働いた経験から、自力でトイレに行く重要性を「施設入所か在宅かの瀬戸際。尊厳にもかかわる問題だ。トイレに行けるようになれば、外出や入浴など、ほかにもしたいことが出てくる。ところが、要介護になって退院すると、住環境が整っておらず、自分の人生は終わりだと思ってしまう」と指摘する。

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 改修では、車いすで便器に近寄れるよう、奧のドアを撤去した。L字形手すりを入り口方向に20センチずらしたほか、トイレに入るときにつかまれる位置に、縦手すりも取り付けた。さらに、ドアノブを操作しやすいレバータイプに変更した。

 改修の結果、男性は手洗いスペースでつえを置き、手すりにつかまって移動。壁に寄りかかってズボンを下ろし、ひとりでトイレを使えるようになった。男性の身体機能で何ができるかを評価することで、効果的な改修ができたケースといえそうだ。

 「要介護者がなぜ動かなくなるのかというと、動くのがつらいから。家の中で生活そのものをリハビリにするのではなく、普段は車いすを使い、気が向いたときに歩いてトイレに行けばいい。動いてみようと思うだけで意味がある」と金沢教授。

 男性は、ひとりでトイレに行けるようになったことが自信につながり、ベッドからの立ち上がりも安定した。やがて、自分で車を運転してドライブに出かけるようになり、社長業にも復帰した。

 金沢教授は「手すりはその人の動きを見て的確な位置に付けなければならないが、慣れない施工業者は、壁をたたいて手すりが設置できる場所を探してしまう。人が家に合わせるのではなく、人に家を合わせるべきだ」と話す。

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 日本の家屋は、上がりがまちや敷居など段差が多い。入浴時には浴槽をまたいで湯につかる。介護が必要になったとき、屋内を動くにも危険がつきまとう。畳敷きの生活では、ふとんから立ち上がるのも負担となる。

 こうした住環境の問題を解消するため、介護保険のメニューに住宅改修があるが、十分に活用されているとはいえない状況だ。次回は住宅改修の課題について考える。

(2008/03/17)