産経新聞社

ゆうゆうLife

認知症予防のできる「まち」(上)元気なうちから

フリフリグッパー運動に取り組む高齢者=茨城県利根町の旧保健センター


市民ボランティアと話しながら、数字を並べる菅野須美子さん=文京区の白山高齢者在宅サービスセンター


 ■運動・栄養・頭を使って

 認知症予防に関心が高まっています。最近の研究では、認知症の中でも数が多いアルツハイマー病は、運動や食生活、知的活動などの生活習慣で予防できる可能性が明らかになっており、自治体の予防教室も盛況です。地域の認知症予防の取り組みについて、3回でお伝えします。(清水麻子)

 「頭の体操始めよう…。フリフリフリグッパー」

 茨城県利根町で3月中旬、認知症予防を目的とした「地区運動集会」が開かれた。50人以上の高齢者が、リズミカルな音楽にあわせて体を左右に揺らしていた。

 この「フリフリグッパー運動」は、筑波大学の研究グループが考案した。足踏み、腰を左右に振る動作、手の握り開きを繰り返す3つの動きをあわせ、前頭葉を活性化するという。

 同大学の朝田隆教授の調査では、65歳以上の町民に、この運動と1日に30分程度の昼寝、DHAのサプリメント摂取を実施してもらった結果、持久力や記憶力などの改善がみられたという。

 元公務員、関正之さん(81)は、利根町が事業を開始した7年前から夫婦で参加している。「気分が明るくなりました。認知症の予防にもなっていると思いますよ」と楽しそうだ。

 脳を鍛える教室も盛んだ。3月中旬の昼下がり。東京都文京区で開かれた「脳の健康教室」では、60代〜90代の高齢者約20人が、足し算や引き算を解いていた。

 主婦の菅野須美子さん(81)は「認知症になったら家族は介護が大変だと聞きますし、なるべくなら、ならずに済ませたい。もともと、漢字や算数は好きなので、お勉強の感覚ではなく、楽しんでいます」と話す。

 認知症予防のために、読み書きや簡単な計算、数字を順番に盤に並べるプログラムは、脳の機能研究で知られる東北大学の川島隆太教授と公文教育研究会などが共同で開発し、全国129市区町村で行われている。

 くもん学習療法センターによると、岐阜県の60代〜90代の高齢者約260人に6カ月間、教室に参加してもらい、自宅では1日平均約15分の学習をしてもらった結果、参加者の認知機能の平均点が向上したという。

                   ◇

 運動や栄養、頭を使うことが、なぜ認知症予防になるのか。

 順天堂大学の新井平伊教授によると、理由はこうだ。

 「アルツハイマー病の原因は不明ですが、脳内に異常なタンパクの『アミロイド』が増加し、神経細胞を死滅させるという説が有力です。動物実験では、運動でアミロイド量が減少し、地域集団を対象にした調査でも、ゲームや有酸素運動をしたり、青魚やポリフェノール摂取量が多い人は発症率が低い、という結果が出ています。生活習慣の改善で発症の可能性を少しでも下げることが重要だという考えが主流になってきています」

 頭を使うことが認知症予防につながるのかどうかについて、新井教授は「頭を使い、考えれば、神経細胞間の新しい連絡網が作られ、加齢による細胞減少を補えるので、認知症の発症を遅らせる可能性はあります。ただ、完全に予防できるわけではないので、やり過ぎてストレスにならないこと、そして、読み書きや計算の単なるくり返しでなく、計画する、推測する、創造するなどで楽しみながら頭を使うことが重要です」と指摘する。

                   ◇

 自治体の認知症予防教室が盛況な背景には、超高齢社会を前に認知症患者が急増することへの懸念がある。

 2005年時点で169万人だった患者は、2015年には250万人にまで増える見通し。厚生労働省は平成18年の改正介護保険法で、自治体が健康な高齢者も含めた認知症予防教室を開ける仕組みを作った。将来の認知症患者の増加と、それに伴う介護給付費の増加を少しでも減らそうというわけだ。

 認知症への理解も高まり、75歳を過ぎると急増する“国民病”だと分かってきた。しかし、発症すれば徘徊(はいかい)や妄想などの周辺症状に苦しめられる。予防できるなら、予防したいと考える人も多い。

 しかし、「長期的に見て、これをすれば、確実に予防できる」という科学的根拠(エビデンス)は確立されていないため、認知症予防に消極的な自治体も目立つ。

 だが、新井教授は「アミロイドがたまり始めるのは40歳を過ぎたころ。早いうちから危険因子を取り除く生活をすれば、発症を遅くすることは可能。地域で早めに認知症予防に取り組んでほしい」と話している。

(2008/04/07)