産経新聞社

ゆうゆうLife

認知症予防のできる「まち」(下)

“認知症予備軍”の荒屋敷長治さん(右)に、生活のアドバイスをする金子博純医師=盛岡市



 □気づきの目

 ■カギ握るかかりつけ医

 認知症を発症するまでには、多少の物忘れはあるが、生活には困らない「軽度認知障害(MCI)」と呼ばれる段階があることが最近、注目されています。認知症患者と健康な人の中間に位置する“認知症予備軍”にあたり、予防を意識して生活すれば、発症を防いだり、遅らせたりできるようです。しかし、自治体によって、早期発見の取り組みには差があります。(清水麻子)

 「できる範囲で農作業を手伝ってみましょうか」

 「努力してみます」

 盛岡市で胃腸科内科を開業する金子博純医師が声をかけると、リンゴ農家を営む荒屋敷(あらやしき)長治さん(81)はうなずいた。

 「妻が認知症で家にいるので、私まで認知症になっては…。子供らに迷惑をかけないようにがんばりたい」

 金子医師はもともと、糖尿病が専門だが、「もの忘れ相談医」の肩書も持つ。盛岡市医師会が平成16年、かかりつけ医の認知症診療力を上げようと始めた認定で、市内に現在、45人いる。

 荒屋敷さんは1年前、デイサービスの職員に勧められ、金子医師の元を訪れた。金子医師は医師会の作った認知症の診断シート=図=などを参考に会話を進め、総合判断で荒屋敷さんを軽度認知障害と診断した。専門医での正式な診断を経て、荒屋敷さんは現在、月に一度、金子医師に進行具合などをチェックしてもらっている。

 金子医師は「運動や食事などを心がけてもらい、ご家族には意識的に話しかけるようアドバイスしています。1年前に比べると、会話力などが向上してきました」と話す。

 定期的に診察していれば、認知症と診断されるタイミングがある。その時点でアルツハイマー病の進行を抑える薬、アリセプト(塩酸ドネペジル)を飲み始めれば、発症しても、症状が軽い時期を引き延ばせるという。

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 盛岡市医師会が認知症患者の増加に危機感を持ったのは、平成12年の介護保険スタート時。地域の医師から「認知症について知識がなく、患者が増えても対応できない」との声が相次いだからだ。

 手始めに認知症を知るセミナーを開催。15年には、市が行う高齢者基本健診で、かかりつけ医らが中心になり、認知症患者を見つける「もの忘れ検診」を追加。翌年には、かかりつけ医のレベルアップをねらい、もの忘れ相談医の認定を開始した。

 検診開始から5年で認知症患者と予備軍が新たに計238人見つかり、もの忘れ相談医も増えた。同市医師会の担当者は「介護関係者を招いた勉強会などで、かかりつけ医の診療力の底上げを目指しています」と意気込む。

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 一方で、明らかな認知症の症状があるのに、「年のせい」とされたり、ほかの病気と間違えられ、認知症が見過ごされるケースも目立つ。

 「医師がもっと早く認知症だと診断してくれていたら…。もっといい過ごし方ができたかもしれません」。秋田県に住む川北マチさん(71)=仮名=は振り返る。

 夫は64歳のとき、車の運転中に突然、道が分からなくなった。普通の状態ではないと感じ、やっとの思いで夫を連れて行った市立病院では、「疲れからくる老人性鬱病(うつびょう)」と診断された。3年間、抗鬱剤を飲み続けたが、症状は悪くなる一方で、通院をやめてしまった。

 そのうち、「財布を盗まれた」など、認知症の典型的な症状も出始めた。別の病院の精神科に電話をしたが、「専門外」と断られ、その後、たまたま見つけた心療内科でアルツハイマー病と診断された。最初の兆候から約5年がたってしまっていたという。

 認知症の早期発見が進まないため、厚生労働省は平成17年度から、認知症の兆候に気付けるかかりつけ医と、それを支えるサポート医の養成事業を始めた。この結果、認知症を診断できるかかりつけ医は全国に7000人超に、サポート医も約600人に増えた。しかし、川北さんが住む秋田県はこれまで、サポート医を育成してこなかった。自治体の取り組みの差は大きい。

 東京都老人総合研究所の本間昭・参事研究員は「認知症専門医は少なく、かかりつけ医の役割が高まっている。初期の兆候に気付くには、医師も経験が必要。育成には時間がかかるから、自治体は危機意識をもって早めの対策を取るべきだ」と話す。一方で、早期発見には家族の気づきが一番、必要だとも。「認知症の兆候は、診療時だけでは把握できない。同じ話を繰り返すなど、家族も初期のサインを見逃さないようにしてほしい」と話している。

(2008/04/09)