産経新聞社

ゆうゆうLife

お年寄りを孤立させない(中)

三津屋商店街に溶け込む「デイサービス生活屋」。中の様子が、ガラス窓越しに見える=大阪市淀川区


青果店で職員と昼食用の買い物をする河本さん(左)。しわがれ声に、店の女性が「お母さん、かぜ引いたん?」と気遣う


 □介護保険を補う街づくり

 ■商店街に居場所を作る

 介護保険のサービスだけでは、孤立するお年寄りの不安や寂しさを解消できません。求められるのは、街に安心して住み続ける工夫。大阪市淀川区の「デイサービス生活屋(いきいきや)」は、商店街にお年寄りの居場所を作ろうとしています。(寺田理恵)

 阪急神戸線神崎川駅前の三津屋商店街は、狭い道の両側に500メートル以上も小売店や飲食店が並ぶ。昔ながらの対面販売をする豆腐店、かまぼこ店、精肉店−。

 その中の1軒、介護保険の認知症デイサービスを提供する生活屋は、軒先の鳥かごと縁台が目印。自転車で通ってくる河本香代子さん(79)は「お母さん」と呼ばれている。

 要介護2だが、歩いて10分余りの自宅で1人暮らし。化粧し、帽子をかぶった姿や、テンポの早い会話からは、認知症とは分からない。

 この日はかぜで、のどの調子が悪かったが、職員と連れだって昼食に使う食材を買いに出た。

 青果店の店先で野菜を選んでいると、河本さんのしわがれ声を聞きつけた店の女性が、心配そうに顔をのぞき込んで言った。「お母さん、かぜ引いたん?」

 みそ汁の具に使う豆腐を買いに、1人でボウルを持っていくこともある。店側も「領収書を書くから待ってて」と、慣れた様子。

 生活屋に通う前から、この商店街を利用していた河本さんには顔なじみが多い。生活屋が休みでも、買い物に来ることがあるようだ。所々に空き店舗はあるものの、河本さんには慣れ親しんだ街並みなのだろう。

 向かいのクリーニング取次店の女性店主は時々、生活屋におやつを差し入れる。小学生の息子が遊びに行くこともある。認知症の義祖母を介護した経験があり、「(職員は)よう、やりはるね」と感心する。

 代表の成田吉哉さんは「商店街の中に高齢者の居場所を作りたい。高齢者は自宅にいても訪ねてくる人がいない。しかし、商店街では人との出会いがあり、人とのかかわりの中で個性が発揮される。三津屋商店街の良さは、地元の人が使う点。おばあちゃんたちが朝食を食べにいく喫茶店は、デイのような状態になっている」と話す。

 三津屋商店街では昨年夏、古い木造二階建ての空き店舗を利用して、商店街と住民の交流拠点となるスペース「みつや交流亭」ができた。商店街がにぎわった昭和30年代をイメージした空間で、買い手と売り手を超えた交流を取り戻すのがねらい。車いすで使えるトイレもある。発起人には、成田さんも名を連ねた。

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 生活屋は、同区内で児童養護施設や特別養護老人ホームなどを運営する社会福祉法人「博愛社」が、認知症高齢者が住み慣れた地域で過ごせる環境づくりを目指し、3年前に開設した。定員は10人。一般的なデイと異なり、決まったスケジュールやレクリエーションはなく、利用者は思い思いに過ごす。

 ふらりと出かけ、コンビニのポリ袋を下げて帰ってくる男性。「薬を買ってきた」というが、中身は日本酒。「帰ります」といっては外の縁台に座り、しばらくたつと戻ってくる女性。施錠しなくても大きなトラブルが起きないのは、生活屋を居場所と心得ているからだろうか。

 1日のメーンイベントは昼食。朝からメニューの相談を始める。職員が「ごはんをそろそろ炊いた方がいいけど」と水を向けると、「米だけ先、炊いとかなあかん」「ごはん、炊いとこ」と決まっていく。職員と食材の買い物や調理を行う人がいれば、気の合う利用者同士で、おしゃべりを続ける人もいる。

 「食事作りは仲間作りであり、居場所作りでもある。認知症の高齢者は自分がなぜデイに行かなければならないのか、いつまで居るのか納得できない。デイが本人の居場所になるかどうかが、何で決まるかというと、仲間がいること」と成田さん。

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 高齢者や障害者の居住福祉を研究する早川和男・神戸大学名誉教授は「商店街には、クリニックやお地蔵さん、郵便局などがあり、人が集まる。商店街が寂れると、地域社会の崩壊につながる。トイレがあれば、お年寄りは出かけやすいし、お年寄りを引き出す仕掛けができれば、孤独死が防げる。医療や福祉サービスは、病気や介護に対応する“消費”だが、商店街などのコミュニティーは予防につながる地域の資源。街が暮らしを支えていかなければ、医療や福祉の費用はかかるばかりだ」と話している。

(2008/04/22)