産経新聞社

ゆうゆうLife

お年寄りを孤立させない(下)

麦の郷には自治会や老人会関係者が、近所付き合いの感覚でしばしば出入りする。地区連合自治会の役員と防災について話し合う伊藤静美理事(左)


 □介護保険を補う街づくり

 ■障害者支援を基盤に

 和歌山市の「麦の郷」は障害者の共同作業所など、市内に点在する20以上の施設や事業所の総称です。始まりは障害者支援でしたが、今はその施設や人材を生かして高齢者が住み続けられる街づくりにも取り組んでいます。背景には、30年にわたり、障害者を支え、ともに歩んできた住民の高齢化があります。(寺田理恵)

 精神障害者の貴志由江さん(49)は1年半前、障害者地域ホーム「たつのこ」に開設と同時にやってきた。2階建て民家を2軒つないだ建物で、麦の郷の職員が交代で当直する。見守りが必要な貴志さんは、昼間は共同作業所などで働き、夕方、ホームに帰って職員と夕食をとる。

 たつのこは、障害をもつ子を50年世話してきた母親が「最期まで子供といたい」との願いから、隣家を買い取り、自宅とともに麦の郷に提供してできた。重度の障害をもつ子の親は、高齢になれば老人ホームへ、子は更生施設へ入所するケースが多い。しかし、持ち家をホームとして開放したことで、母子は離ればなれにならず、今も住み続けている。

 「麦の郷」の伊藤静美理事は「生まれ育った場所なら、愛称で呼ぶ近所の住民や、ずっと髪を切ってくれている散髪屋さん、子供のころから知っている人が見守る中で生活できます」と話す。

 障害者を支援してきた麦の郷だが、保護者や支援者が高齢になり、どうすれば高齢者が住み慣れた街で暮らし続けられるかが、課題となっている。伊藤さんは「麦の郷を長年、支援し続けた女性の看取(みと)りがきっかけです。遠くに住む親類には、独身で好きなように生きた人でも、私たちには尊敬すべき人。麦の郷の訪問看護やヘルパー派遣を活用して、彼女を知る人に見守られ、尊厳をもって人生を終えました」という。

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 麦の郷は住宅街と農村が混在する、和歌山市東部の西和佐地区を拠点に、障害者、高齢者、不登校児・ひきこもり青年の生活や就労を支援してきた。30年前に六畳一間の無認可共同作業所からスタート。「行き場のない人を放っておけない」と、障害者の住まいと働く場を増やしてきた。

 施設は、保護者や住民から土地や民家の提供を受けているため、街なかに点在する。障害者の中でも、精神障害者は「何をするか分からない人」と偏見を持たれがち。10年、20年と入院していた精神科病院を出て街なかに住むには、住民の理解が不可欠だった。そのため、伊藤さんは西和佐地区の自治会や老人会にも、積極的にかかわってきた。

 麦の郷の本部には、地元の自治会や老人会の役員がしばしば訪ねてくる。

 この日は連合自治会役員が、伊藤さんの前で西和佐地区の防災マップを広げた。「1人暮らしの高齢者が多い。災害時要援護者の家を把握したい」

 麦の郷では、地元の高齢者や障害者に対し、災害時の避難場所の提供を計画している。食糧の備蓄や井戸水、発電機があり、職員の専門性も生かせるからだ。

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 30年を経て、麦の郷の活動は広がった。今や、クリーニングや印刷、食品製造など、年間売り上げは2億円。生活保護を返上し、結婚してアパート暮らしをする精神障害者もいる。

 一方で、障害者の保護者も住民も高齢化が進んだ。西和佐地区約5000人のうち、800人が70歳以上。高齢者にとっても、あちこちに窓口があり、24時間、職員がいる麦の郷は頼りになる存在だ。

 麦の郷は10年前、住民の要望に応じて、高齢者用の施設がない同地区に「高齢者地域生活支援センター」を開設。続いて「和歌山高齢者生活協同組合(高齢協)」の設立に参加し、介護保険事業や高齢者の仕事興しをしてきた。高齢協を通し、麦の郷の職員として働く高齢住民も多い。麦の郷の田中秀樹理事長は「地域に必要なものを、住民といっしょに作ってきた。拠点が1つできれば問題が持ち寄られる。閉じこもっている障害者や高齢者に出てきて、つながってほしい」と話す。

 鍵と鉄格子で隔離された閉鎖病棟から街なかへと、精神障害者の居場所を作ってきた麦の郷。障害者が住みやすい街は、高齢者にも安心な街だ。

 高齢者福祉といえば、まず介護保険と考えがち。しかし、高齢者の介護保険の要介護認定率は全国平均約17%(平成18年11月)。介護保険サービスだけでは、高齢者の孤立や緊急時の対応をカバーできない。福祉や医療の制度が、入所・入院から在宅へ転換するなか、高齢者の居場所のある街づくりが求められる。

(2008/04/23)