産経新聞社

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介護予防 足りないサービス(中)

安田清子さん(手前)に、栄養改善をアドバイスする管理栄養士の田中和美さん=神奈川県茅ケ崎市の特養「ふれあいの森」


 □栄養改善、口腔ケア

 ■報酬の見直しで普及を

 不適切な食生活が続いたり、口の中が不衛生だと、要介護度が悪化することをご存じですか? 介護保険には、デイサービスなどでこれらを改善するメニューがあります。しかし、普及はいまひとつ。食生活や口の中の状態が悪くなった人に、サービスが行き届くような態勢整備が求められています。(清水麻子)

 「体に良いと思ってチョコレートを控えていたのですが、逆に体に悪いことをしていたなんて。本当に驚きました」

 神奈川県茅ケ崎市の安田清子さん(83)=仮名=は昨年冬の“危機”を振り返った。

 食が細く、ぜんそくの持病がある安田さんは、もともと太りづらい体質。だが、当時は34キロあった体重が急激に減り、30キロ台を割ることも危ぶまれた。理由は自己判断による食事制限だったという。

 「通っているデイサービスの看護師さんに血糖値が上がっていることを知らされましてね。病院に行きましたら、糖尿病の予備軍と言われました。これは大変と思いまして、甘いものを食べるのをやめたんです」と安田さん。

 しかし、安田さんにとって、チョコレートは体重維持に必要なカロリー源だったのだ。

 幸い、担当ケアマネジャーが、高血糖と体重減少が続けば要介護度が悪化すると察知。介護予防に積極的に取り組む同市の特別養護老人ホーム「ふれあいの森」の管理栄養士、田中和美さんと連絡をとり、安田さんの通うデイサービスで栄養改善プログラムを始めた。

 田中さんは安田さんに、体重減少を食い止め、同時に血糖値を下げられるよう、次の2点をアドバイスした。

 1、間食は市販のチョコレートではなく、血糖値を上げない栄養補助食品のプリンなどに替える。

 2、ごはんなどの主食を食べる前に、血糖値の上昇を抑えるヨーグルトを食べる。

 まじめな安田さんは指導を守り、約220だった血糖値は約3カ月後に半減。体重も元に近い状態にまで戻った。現在は血糖値も正常値に近づき、要介護1を維持しながら、在宅で暮らしている。

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 しかし、安田さんの状態悪化が防げたのは、体重減少に危機感を持ったケアマネジャーが管理栄養士に連絡、管理栄養士が指導し、それを安田さんがきっちり実行する3者の連携があったから。多くの場合、どこかで連携が欠け、改善に結びつかないという。

 田中さんは「病気の前後などで低栄養の人はいるはずなのに、一部の人にしかサービスが届かない。在宅高齢者に接するケアマネジャーや介護職が、栄養バランスの崩れは要介護度を悪化させると意識し、栄養改善の必要な人を早期に管理栄養士につなげる仕組みがほしい」と指摘する。

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 サービスが行き届かないもう一つの理由は、提供事業者が少ないこと。国民健康保険中央会によると、栄養改善メニューを提供する事業者は、要支援、要介護の各デイサービスの1割に過ぎない。

 事業者が増えない理由について、都内のある事業所責任者は「栄養改善メニューを提供するには、管理栄養士の配置が必須。しかし、加算が低く、対象者も少ない。不採算で、手を挙げる事業者はほとんどいない」と打ち明ける。

 提供できる態勢はあっても、実績ゼロの事業者も目立つ。都内のある特別養護老人ホームで働く管理栄養士は「管理栄養士は私1人で、入所者の栄養管理で手いっぱい。予防を行う管理栄養士をもう1人雇えるほど、栄養改善の報酬があれば、事業所も積極的になり、ケアマネジャーに対象者探しを促すかもしれない。報酬が低く、月に何度指導しても同じでは、栄養改善は進みません」と話す。

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 歯磨き指導や、口の筋肉のトレーニングをする口腔(こうくう)機能向上サービスも要介護度の維持・向上につながる。しかし、このサービスも提供事業者が少ない。国民健康保険中央会のまとめでは、要支援、要介護のデイ全体の3、4割にとどまる。

 普及しない理由について、東京都豊島区歯科医師会の高田靖さんは「介護報酬が低く、必要な歯科衛生士を確保できない事業者が多い」とみる。「口を清潔に保てば、細菌を含んだ唾液(だえき)が気管に入るのを防げるし、口の筋肉を鍛えれば、誤嚥(ごえん)性肺炎を減らせる。状態が悪化してから治療すれば、入院で10本抜歯するなど、お金もリスクもかかる。もったいないことです」と高田さん。

 大阪大学大学院の堤修三教授は「効果のあるサービスが必要な人に行き届かないのでは、介護予防の理念があって介護予防サービスなし、だ。厚生労働省は介護報酬をうまく配分するなどして、予防効果が証明されている運動器機能の向上、口腔機能向上、栄養改善の3つのサービスを普及させる必要がある」と指摘している。

(2008/06/17)