産経新聞社

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介護予防 足りないサービス(下)

和光市内のデイサービスでは、介護保険の“卒業生”ら5、6人がボランティアとして活躍する。右が勝山さん=埼玉県の日生デイサービスセンター和光


 □自治体の地域支援事業

 ■魅力少なく“自立アレルギー”も

 介護保険で要介護と認定されていた人が要支援になったり、自立になるのは本来、喜ぶべきこと。しかし、要介護度が改善し、自立と判定されるのを恐れる“自立アレルギー”の高齢者が増えています。要支援にとどまるため、認定のし直しを求めるなど、本末転倒の事態も起きています。背景には、自立とみなされた人が参加できる魅力的な自治体事業が少ないことがあげられます。(清水麻子)

 脳梗塞(こうそく)の後遺症で右半身が不自由だった東京都の元会社員、原田政男さん(73)=仮名=は昨年12月、晴れて自立と認定された。しかし、原田さんは素直に喜べない。これまで要支援1で、週に1度、リハビリをしてきた予防デイサービスは、自立の人を対象にしていないからだ。

 「今のデイは筋力トレーニングができて、体調維持に欠かせません。でも、自立になれば、ここには来られず、また不自由な体に戻ってしまうかもしれません。1人暮らしですし、人と話すチャンスもなくなる。せっかく元のように話せるようになった口の筋肉も衰えてしまうかもしれません…」

 悲観した原田さんは、地域包括支援センターのケアマネジャーと相談。介護保険を申請し直し、再び要支援1に認められた。しかし、次の更新時期を控え、不安がぬぐえないという。

 実は原田さんは、7年前に脳梗塞を起こした直後は要介護2だった。当時、口腔(こうくう)機能向上を実施していたデイサービスを探し出して通い、言葉を取り戻し、要介護度も要支援1に改善した。ようやく自立になり、うれしいはずなのに、要支援にとどまりたいのは、自立の人を対象にした自治体事業に満足できないからだ。

 「地域に、今のデイより魅力的な『行き場』がないんです。3カ月は介護予備軍として口の機能を保つ教室に通えるようですが、その後はない。すでに人間関係ができている地域の老人会などに新たに入るのも勇気がいります。スポーツクラブは月会費が高いし、健康な人と同じ体調ではないので…」と、不安は尽きないようだ。

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 一方、埼玉県和光市に住む元会社員、勝山義昭さん(66)=仮名=は次回の認定で自立になりそうだと率直に喜ぶ。

 定年後、閉じこもりがちになり、1人暮らしだったのも手伝って生活が乱れた。歩行も困難になり、要介護2に認定された勝山さんは市内のデイサービスに通い、今は身体機能も自立に近い状態にまで回復した。今年4月には、デイサービスの利用者からボランティアに“転身”した。

 「参加者の筋トレ指導を手伝ったり、収納棚を組み立てたり。市の体操教室や高齢者の集いに参加しようとは思いませんが、ボランティアなら社会に役立つ感じがする。もっと良くなったら、シルバー人材センターに登録して働きたい」と前向きだ。

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 原田さんと勝山さんは勤めをやめ、1人で暮らす同じような境遇だ。しかし、自立へのとらえ方は正反対。もちろん性格の違いもあるが、背景には、自治体が自立の人向けに提供する「地域支援事業」の差もありそうだ。

 勝山さんが住む和光市では、自立の人も目標達成に必要なら、運動機能の向上や口腔機能向上、栄養改善などのプログラムが続けられる。

 また、地域支援事業に興味がない人にも、勝山さんのように事業所でボランティアをすることを推奨したり、市民の「介護予防サポーター」が積極的に働きかけるなど、何かに取り組むことを促すさまざまな「しかけ」が用意されている。

 原田さんが住む自治体にも、自立の人向けの受け皿はあるが、充実度は今ひとつ。原田さんが通う予防デイの責任者は「自立の人向けの事業として、予防効果が証明されているプログラムが少ない。本人が状態を維持しようにも、適切なサービスが途切れてしまう」と指摘する。

 介護予防を積極的に推進する埼玉県和光市長寿あんしん課の東内京一課長補佐は「“自立アレルギー”をなくすには、自立になった人が介護度維持や新たな目的を持って、今までより楽しいと思って通えるように、自治体が魅力あるプログラムを用意する必要があります。また、予防サービスを受ける際、目標をきちんと立てれば、自立になった達成感もある。サービスを提供する側も利用する側も漫然と目標を立てると、介護度も改善しないし、不満も噴出するのではないでしょうか」と話している。

(2008/06/18)