産経新聞社

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認知症が始まった 小規模多機能型の課題(上) 


 ■目が離せない軽度者

 認知症の人の場合、特に動き回れるうちは目が離せません。しかし、従来の介護保険では、複数の事業所が在宅サービスを提供するため、“すき間”が生じがち。これに対し、1カ所で「通い」「泊まり」「訪問」を提供する「小規模多機能型居宅介護」が2年前に新設され、認知症の人と家族を支えるサービスと期待されました。しかし、事業所数は少なく、限られた地域でしか利用できないのが実情です。(寺田理恵)

 東京都中野区の経営コンサルタント、今岡善次郎さん(61)は5年前から、妻の保子さん(60)を介護している。

 「身体介助が必要な人と違い、認知症の場合は外へ出てしまうから、片時もひとりで置いておけない。出張中にいなくなり、夜中まで探し回ったこともありました。徘徊(はいかい)探知機を持たせても、一歩、外へ出たら危ない。私が留守にするときに一度、中から開けられない鍵を掛けたら、玄関がめちゃくちゃに荒らされていました。外に出ようとしたのでしょう。かわいそうで、やめにしました」と話す。

 保子さんが若年性アルツハイマーと診断されたのは、平成15年。当時はひとりで留守番ができ、食事や入浴も困らなかった。しかし、症状が進行し、3年前には、ひとりにしておけなくなった。

 介護保険を申請すると、認定は要介護3。訪問介護とデイサービス(通所)、娘2人の手も借りて、24時間365日をカバーする仕組みを作ったが、介護保険は身体介助を想定したサービスだと実感した。

 「最初は世話より精神的なストレスが大きい。夫を知らない男だと思ってしまう。30年以上かけて築いた夫婦の関係が崩れ、コミュニケーションができなくなっていく喪失感です。ヘルパーさんに週3日来てもらっても、1回2時間。食事や入浴などの身体介助はそれでできるのかもしれませんが、認知症の初期に必要なのは身体介助ではありません」と善次郎さん。

 複数の事業所とのやりとりも負担だった。「ヘルパーさんやデイの職員、ケアマネジャーとの間で情報が共有されないので、妻の様子を私がそれぞれに伝える必要がありました。その点でも、家族の負担が大きい」。善次郎さん自身が外出できる時間は限られ、新規の仕事を開拓する営業活動ができず、仕事が減っていった。

 デイの利用を増やしたが、それも日中の7時間。昼夜逆転のあった保子さんは夜中に「(私を)ほったらかしにする」「実家へ帰る」と怒り出す。保子さんがデイにいる間だけが、一息つける時間。やめていたたばこを、また吸いはじめた。

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 今岡さんは「小規模多機能型居宅介護」に期待した。中重度でも、住み慣れた地域で暮らせるよう、街なかにつくられた事業所で、地域ぐるみでサポートする。24時間対応で、「通い」「泊まり」「訪問」と、さまざまなサービスを提供する。生活全般にかかわるため、利用者の状態を把握しやすい。家族が情報の中継地点になって、各事業所とやりとりする負担感も解消するはずだ。

 しかし、これと思えるところはなかった。今岡さんは「これからは地域の人が助け合う社会を目指す時代です。グループホームも含めて、いろいろ見学しましたが、手のかからない人を入れているようでした。コンセプトはいいが、その通りに運営すると採算が合わないのでは」と疑問を投げる。

 保子さんの症状は進み、要介護4でデイの利用が週4回に。入浴や着替えもできなくなると、今岡さんの肉体的負担も増した。医師から「在宅は無理」といわれたのを機に、昨年9月、認知症治療で有名な病院に入院させた。

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 介護保険の在宅サービスは、1回1時間半程度の訪問介護と、長くても1日7〜8時間のデイの組み合わせが一般的。しかし、長時間の見守りが必要な認知症の場合、家族が働いていれば、保険でカバーされる時間では不十分。介護者の急な入院などにも対応が難しい。

 「認知症の人と家族の会」が昨年夏に行ったアンケート調査(対象者1329人)では「介護者がひとりで、フルタイムで働いているので、要介護4でもサービスが不足」「(要介護認定が)低いように思います。身体的に不自由がないため、家族にかなりの負担があります」などの声が上がった。

 認知症や単身高齢者の増加を背景に平成18年、地域密着型サービスが創設された。小規模多機能型居宅介護も、その一つ。しかし、参入は全国約1600事業所と進んでいない。一方、事業所側から「利用者の確保が困難」「経営が厳しい」との声も聞かれる。なぜ広がらないのか。制度の課題を考える。

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【用語解説】地域密着型サービス

 都道府県ではなく、市町村が指定、指導・監督権限をもち、地域のニーズを把握して整備するサービス。(1)小規模多機能型居宅介護(2)利用者からの通報で随時訪問する夜間対応型訪問介護(3)共同生活をする認知症高齢者グループホーム(4)定員29人以下の小規模特別養護老人ホーム−などがある。市町村住民の利用が原則なので、高齢者は住み慣れた街で介護が受けられる。平成18年4月施行の改正介護保険法で創設された。

(2008/06/30)