産経新聞社

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認知症が始まった 小規模多機能型の課題(中)


 ■実態に合わない介護報酬

 「通い」を中心に、「泊まり」「訪問」も提供する小規模多機能型居宅介護事業所。「介護者の急な入院」「転んで起きあがれない」など、緊急時にも対応するため、軽度でも見守りが必要な認知症の人や、ひとり暮らしの高齢者には安心です。しかし、経営の苦しい事業所が多いのが現実。「軽度の利用者が多いのに、介護報酬は中重度に手厚く、実態に合っていない」と、指摘されています。(寺田理恵)

 埼玉県新座市に住む山本和子さん(72)=仮名=は、認知症で要介護2の夫の義夫さん(80)=仮名=と2人暮らし。歩行が不安定な義夫さんが家の中で転んだ場合に備え、町内にある小規模多機能型居宅介護事業所「多機能ホームまどか」の緊急連絡用の電話番号が印刷された紙を、電話機の近くに置いている。

 「私ひとりでは起こせないので、そのたびに来ていただいています。最初に365日24時間とお聞きしたときは半信半疑でしたが、夜10時ごろにお願いしたこともあります」と和子さん。

 従来の訪問介護があらかじめ立てられたケアプランに沿い、決まった日時に提供されるのに対し、小規模多機能型は登録者の連絡を24時間受け、柔軟に対応する。

 義夫さんは3年ほど前にアルツハイマーと診断された。まどかに登録したのは昨年秋、和子さんが骨折で入院したのがきっかけ。ひとりになった義夫さんを世話するため、都内に住む娘が実家に泊まり込み、娘がいない日は、義夫さんがまどかに泊まった。緊急時に「泊まり」ができるのも、小規模多機能型の特徴だ。

 今は、月、水、土曜の朝30分、自宅で着替えなどの介助を受け、10時ごろ迎えに来てもらう。義夫さんはまどかで4時ごろまで過ごし、入浴の世話も受ける。水曜の夜は、まどかに泊まる。

 行くのを嫌がったことはない。木造の民家で通いの定員が1日12人と少人数のためか、和子さんは「ご近所に行く感覚のようです」と話す。

 まどかは、認知症高齢者グループホームなどを新座市で運営するNPO「暮らしネット・えん」が昨年2月、近くの民家を借りて始めた。近所の個人商店から食材を購入するなどし、認知症の利用者が万一、無断で出て行ってしまっても、連絡してもらえる関係を作っている。

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 使い勝手が良さそうだが、利用者も確保できず、経営に苦しむ事業所は多い。利用者にすれば、従来のサービスから切り替えると、なじみのケアマネジャーやヘルパーを変えなければならないのが、登録をためらう理由のようだ。加えて、介護報酬が実態に合わない設計になっているのも、赤字を生む要因と指摘されている。

 小規模多機能型の介護報酬は在宅の位置づけだが、入所施設と同様、「通い」「泊まり」「訪問」の回数に関係のない1カ月単位の定額報酬。中重度の人の、在宅を支えるサービスとして制度化された経緯から、介護報酬は要介護3以上で厚く、要介護2以下では薄い。

 ところが、報酬の高い重度の人は寝たきりやそれに近く、通うことが難しい。そのため、訪問ニーズが高まるが、小規模多機能には応じられる数の職員が配置されていない。むしろ、介護度は軽くても、認知症で動き回る人やその家族らの支えになっている。

 まどかを中心に、全国6事業所が行っている調査研究「小規模多機能型居宅介護のサービスモデル構築事業」中間報告書によれば、5事業所が赤字。登録者の平均要介護度は2〜3だが、6事業所とも認知症の人の在宅を支えており、要介護度が軽くてもサービス回数が必要という。

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 小規模多機能型では、「要介護度が軽い=手がかからない」でないことは、東京都の調査でも裏付けられている。都福祉保健局が都内の26事業所と千葉、埼玉、神奈川の117事業所を対象に行った調査では、要介護1、2の人と要介護3とでは、「通い」「泊まり」「訪問」の利用回数に大きな差がなかった。

 報酬が見合わないせいか、事業参入は進んでいない。東京都内の市区町村の事業計画では、小規模多機能型の利用見込み数は平成19年度末に、計4563人だったが、実際に整備できたのは682人分。計画を大きく下回った。

 服部万里子・立教大学教授は「重度の人には使いにくく、実際に利用しているのは、軽度でも、自分で動ける認知症の人と、独居や老々介護で在宅の人手が薄い人。小規模多機能型の介護報酬はこうした人々を対象に厚くしてもよいのではないか」と話している。

(2008/07/01)