産経新聞社

ゆうゆうLife

認知症が始まった 小規模多機能型の課題(下)

取り壊される寸前だった町屋を市が小規模多機能型の設置場所に決定。事業を行う業者を公募した=小規模多機能ホームきょうまち


天井が高く、太いはりが交差する。改修でエレベーターを設置し、水回りを増築した



 ■地域との連携で普及を

 「通い」「泊まり」「訪問」を提供する小規模多機能型居宅介護事業所。認知症介護に適しているとされますが、利用者が集まらず、経営難の所も少なくありません。事業所には地域との関係作りが求められており、それが普及につながるとの指摘もあります。「行政が非協力的」という事業所や、「事業所の責任で」とする自治体もあるなか、石川県加賀市は街づくりの一環として整備を進めています。(寺田理恵)

 かつて加賀百万石の支藩の城下町として栄えた加賀市の大聖寺(だいしょうじ)地区。中心市街は空洞化や高齢化が進んだものの、碁盤の目のような江戸時代の町割りが残り、古い町屋が点在する。

 そのひとつ、明治13年建築の織物問屋は昨年10月、「小規模多機能ホームきょうまち」として蘇った。尾谷(おだに)美津子さん(84)は、車で5分ほどの自宅から週3回、通ってくる。

 9年前に夫を亡くし、ひとり暮らし。息子2人が東京にいるが、「私が東京に2カ月いたときは、嫁さんが本当に良くしてくれました。でも、自分の家ではないので気が張ります。死ぬまで家を離れたくない」と言う。

 土曜の朝、職員に迎えに来てもらい、ついでに朝食用のパンと牛乳、バナナなどの買い物を手伝ってもらう。「日ごろは、屋敷前の落ち葉を拾ったりしています。脳梗塞(こうそく)で5カ月入院した後、しゃがんだら立ち上がるのがつらいの」と言い、職員が一緒に拾うこともある。

 体の弱った尾谷さんの在宅を支えるのは、職員や近所の人たち。尾谷さんは「毎日いっしょに散歩していた近所の人が最近、亡くなって、寂しくなった。いつも、ふたりで歩いたんや」と涙ぐむが、大聖寺を離れるつもりはない。

                  ◇

 「きょうまち」の利用者は比較的、順調に増え、定員25人に21人が登録する。市の方針で利用者は9割が認知症の人。尾谷さんがソファに座って過ごす一方、認知症の女性がかっぽう着姿で調理や配膳(はいぜん)に立ち働く。「泊まり」利用の男性は自分を職員と思っているのか、庭仕事や掃除に精を出す。

 地域住民との交流も盛んで、毎年4月に開かれる桜まつりでは、「きょうまち」が町内会の本部として使われる。表に面した格子戸を開け、ご近所に開放。みこしや獅子舞が立ち寄る。向かいで電器店を営む西野一幸さん(38)は「空き家だった間、本陣として使わせてもらっていました。今後も継続を約束していただいてます」と話す。

 人が集まるイベントも活発に行われる。例えば、位の高い僧侶による法話も。加賀一向一揆で知られる信心深い土地柄か、ご近所からも毎月7、8人が参加する人気だ。

 小規模多機能型には運営推進会議を開き、サービス内容の評価を受けることが義務付けられている。メンバーには住民の代表も入る。運営の透明性やサービスの質を確保するためだが、住民に理解してもらうことは、認知症の人が地域で暮らしていくためには欠かせない。

 認知症の人と家族は「パジャマでうろついたり、突然、声をかけたりするので迷惑」「施設に入ってはどうか」などといわれ、孤立しがち。地域に理解がなければ、施設を受け入れる際も「外に出ないようにしてもらいたい」「民生委員や町内会長の仕事が増える」といった不満が出るからだ。会議などを通じて住民にかかわってもらう一方で、施設側も地元商店で備品を購入したり、事業所の清掃業務などに地元の人を雇用するなどして、理解を深めていく。

                   ◇

 「認知症になったら施設入所」という考えが根強く残るなか、市は平成18年以降、大規模施設をつくらず、認知症高齢者向けの地域密着型サービスを整備すると宣言。郊外の大規模特別養護老人ホームを整理し、街中の市有地を用地として事業者に売却するなどで小規模特養への転換を進めている。

 小規模多機能型の整備もこの一環で、市内を5つの日常生活圏域に分けて配置を計画。山代、大聖寺に続いて先月、動橋・作見圏域に3つ目をオープンさせた。国の交付金を活用するほか、「きょうまち」改修には町屋再生事業の補助金も投じられた。

 市では、老人保健施設などが充実し、要介護3以上のほとんどが施設に入れる。その分、介護給付額は膨らむ。保険料は月4500円と、全国的には高めだ。今後、高齢化率は上がるとみられ、大規模施設の建設で対応するのは限界との事情もあった。同市の水井勇一・長寿課主査は「子供の多い時代に学校がコミュニティーの核となったように、これからは高齢者施設が核になる。行政がかかわれば、地域との連携もスムーズにいく」とする。

 高橋誠一・東北福祉大教授は「運営推進会議は、事業者にとっては住民への広報活動の機会。住民には地域の相談ごとを聞いてもらう場になる。長期的な関係を作るには、お互いのメリットが必要だ」と指摘したうえで、「立ち上げ当初はつぶさない支援が不可欠。自治体は小規模多機能型の配置で地域に責任を負っている。広報紙で住民への周知を図るなど、できることはある」と話している。

(2008/07/02)