産経新聞社

ゆうゆうLife

家族介護 足りない心への支援策(上)


 ■孤立…電話相談に本音

 自宅で家族を介護する人はさまざまな苦悩を抱え、日々の介護に向き合っています。悩みはそれぞれですが、「誰も介護を手伝ってくれず、生活が犠牲になった」「1人で頑張っているのに、家族や親類から何の言葉もない」など、家族関係にまつわる悩みも目立ちます。介護者の心の負担を減らす対策が求められます。(清水麻子)

 「こんなこと続けても、いいことがあるのかしら、と思ってしまって…。2人で一緒に死んでしまおうかとも考えました」

 東京都葛飾区の自宅で、要介護3で、ほぼ寝たきりの実母(92)を介護する田中庸子さん(67)=仮名=は複雑な心境を打ち明けた。

 田中さん自身は「もともと何事も明るく前向きに取り組む性格」というが、3年前に介護を始めてから、心が沈んだり、いらいらして自分を責めることが多くなった。

 ストレスの理由はいくつかある。1つは、満足のいく介護をしたくても、体力的にきついことだ。3年前にがんで腎臓を1つ切除した田中さんにとって、夜中、母のトイレを2時間おきに介助するのはつらい。トイレに立ち上がろうとする母を見て見ぬふりをし、その結果、排泄(はいせつ)に失敗し、トイレを汚した母を、つい怒ってしまう自分がいやになる。

 もう1つの理由は、24時間ほぼ1人で介護しなければならない閉塞(へいそく)感だ。

 夫とは離婚し、同じ建物に住む2人の息子は仕事で忙しい。長男の嫁は介護を手伝ってくれるが働いており、頻繁に頼って迷惑をかけたくない。なるべく1人で頑張ろうと思うが、外出もままならず、時々心が苦しくなる。

 ケアマネジャーからは、サービス利用を勧められるが、以前、母をショートステイに預けたとき、母は職員から心ない言葉を浴びせられた。「やっぱり他人には任せられない」と、今は週2回、デイサービスを利用するだけだ。

 しかし、母の車いすを押して近所を散歩するときは、時間を共有できる喜びを感じる。辛さと喜び−。正反対の感情が交差するなかで、介護と向き合う日々だ。

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 介護保険の実施で、介護は社会化され、介護者の負担は減ったとされる。しかし、介護サービスが使えるのは、1日のわずかな時間。実際に介護の大半を支える家族の負担は、今も大きく変わらない。

 平成16年の厚生労働省の国民生活基礎調査では、要介護者と同居する主介護者の6割が60歳以上で、2割は70代。老老介護の実態が見てとれる。また、男性介護者の6割、女性の7割が「日常生活で悩みやストレスがある」と答える。

 厚生労働省の研究班が翌年、在宅介護者を調査したところ、約4割が心の不調を感じ、4人に1人に軽度以上の鬱(うつ)状態がみられた。65歳以上の介護者の3割以上が「死にたい」と思うほどの負担感で介護生活を送っている。

 介護者の心の問題に詳しい高崎健康福祉大学の渡辺俊之教授は「子育てと違い、要介護者は成長するわけではない。介護者には、イライラや不安、悲しみや落ち込みのマイナス感情が必ず芽生える。しかも、介護が1人に押しつけられることが、ただでさえ苦しい介護者の心をさらに不安定なものにさせる」と、核家族化による介護者の孤立が苦悩を加速させていると分析する。

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 孤独な介護者の“駆け込み寺”になっているのが、匿名で気持ちを打ち明けられる電話相談だ。

 プルプルプル…。午前10時、電話のベルが一斉に鳴った。社会福祉法人「浴風会」(東京都杉並区)が開設する「介護支え合い電話相談」には、年間約4600件もの悩みが寄せられる。

 相談室の角田とよ子室長によると、電話相談を設置した12年ごろは、介護保険のサービス利用に関する相談が多かったが、最近では介護者の心身疲労の悩みが過半数を占める。

 中には「夫の兄弟から『長男の嫁が介護するのは当たり前』と言われ、悔しい」「なぜ、嫌いな夫(妻)を介護しなければならないのか」など、家族にからむ相談も。角田室長は「介護でこじれた家族関係の悩み相談にも乗ります。話すことで要介護者への見方が変わったと、吹っ切れた感じで電話を切る方もいます。電話4台がすべて話し中ということも多く、かかりにくいかもしれませんが、匿名で秘密は守られるので、辛くなっても、相談できる場があると思ってほしい」と話す。

 ほかにも、こうした相談窓口はある。また、全国の地域包括支援センターでは随時、電話や対面相談を受けているほか、神奈川県相模原市など、市民を対象にした介護者電話相談を設ける自治体も増えつつある。

 渡辺教授は「介護者の負担を減らすには、家族全員が役割分担する努力が必要。だが、家族や知人に言えない悩みは第三者に話すことで出口が見えることがある。匿名で本音が言える電話やメール相談は介護疲れの解消に有効。もっと受け皿を充実する必要がある」と話している。

(2008/07/21)