産経新聞社

ゆうゆうLife

ひとりでも自宅で(上)


 ■認知症でも「施設はいや」

 年をとると、ひとり暮らしに不安がつきまといます。火の不始末や孤独、病気。認知症であれば、要介護度は軽くても、本人の意思とは関係なく、グループホームへの入居や子供の家での同居を余儀なくされがちです。高齢者の独居はどこまで可能か。増え続ける単身世帯の老後不安が高まるなか、独居高齢者を支える仕組みが求められます。(寺田理恵)

 「施設に入るのは絶対にいや。そんな、年寄りばかりの所」。中部地方でひとり暮らしをする鈴木照子さん(75)=仮名=は、親族から認知症高齢者グループホームへの入居を勧められるたびに、頑として拒絶する。

 未婚の鈴木さんは60歳で大手メーカーを定年退職し、“田舎暮らし”を始めた。企業年金も含めた豊かな年金と、十分な貯蓄があり、プールに通ったり、車を運転して買い物に出かけたりと、悠々自適の毎日だった。

 しかし、70歳ごろから衰えが見えはじめた。今の楽しみは通信販売での買い物。通院などにはタクシーを使う。もの忘れがひどく、直近の記憶がないこともしばしば。要介護2の認定を受け、「認知症ではないか」と言われているが、自身は認めない。

 5人いた兄弟は亡くなったか、要介護状態か。首都圏に住むおいやめいがたまに様子を見にくるが、ふだんは頼れない。それでも、介護保険の訪問介護や自治体の配食サービスを利用して、ひとり暮らしを続けてきた。金銭管理が難しくなったが、年金は定期的に振り込まれるので、生活が行き詰まることもない。

 ケアマネジャーや親族が施設を勧めるのは、火の不始末や外出時のトラブルのリスクがあるからだ。脳卒中など、命にかかわる病気で倒れても、気付く人がいない。ケアマネは「これだけ年金があれば、どこのグループホームでも選べますよ」と施設入居を勧めるが、鈴木さんは応じない。周囲は困り果てている。

 ■要介護1が限界?

 「年をとれば火を消し忘れることはあります。一度、鍋を焦がしたからといって、すぐに施設入居の必要があるでしょうか」

 ひとり暮らしの高齢者支援を目指すNPO法人「ひとりとみんな」(東京都小金井市)の樋口尚美理事長は、疑問を投げる。

 同法人が独居の高齢女性を対象に開く食事会「魔法の思い出レストラン」では、特別養護老人ホームや有料老人ホームの入居費用が話題になる。樋口さんは「在宅を続けたい一方で、ひとりで死にたくない気持ちもある。『施設入所を決断する指標を知りたい』という方は多いのですが、それぞれの主観でしかありません」と指摘する。

 食事会の常連女性(83)は、地域包括支援センターで行われる介護予防の体操プログラムで、日にちを間違えたり、開始より30分早く着いたりした。体操中に持病の発作を起こしたこともあり、社会福祉士や保健師など、専門職の過半数が「ひとり暮らしは無理」という。

 しかし、食事会では「ひとり暮らしは気ままで楽しい」といい、「短期記憶欠如」の診断で要介護1の認定を受けながら、自分なりに工夫して生活している。

 エレベーターのない団地の4階に住み、やはり独居の3階の住人と毎日、電話で安否を確認しあう。階段の上り下りはできるが、「訪問すると、お茶を出したりが大変」だから電話を使う。電話代節約のため、3回コールして切ると、相手が同じことをする。「お風呂で死んだら他人さまに迷惑をかける」と自宅の浴室を使わず、銭湯通い。夜間は枕元に電話と水、ラジオ、懐中電灯を置く。

 樋口さんは「介護保険の訪問ヘルパーさんが週2、3回、いっしょにガスコンロを使い、火を消す習慣を忘れないように注意喚起するのも介護予防。でも、要支援だと、訪問サービスの報酬が低く、引き受けてくれる事業所が少ない。独居を支えるには、保険外のサービスが鍵。自治体の布団乾燥やごみ収集サービス、配食などを紹介すると喜ばれます」と話す。

 厚生労働省が9日に発表した国民生活基礎調査(平成19年)では、要介護2より重い人では、ひとり暮らしが難しい実態が浮かび上がった。要支援・要介護の認定を受けた人のいる世帯のうち、要介護4、5の「単独世帯」は約7%に過ぎず、要支援1、2や要介護1の軽度者が6割を占める。

 「ひとりとみんな」の理事を務める西口守・東京家政学院大准教授は「独居でも、認知症になったらすぐ施設を探すのではなく、住み慣れた地域の人々と関係を持ちながら暮らす方法を探すべきです。しかし、特に認知症の場合、火の始末や、外出して戻れなくなることなどから、本人が在宅を望んでも、周囲の理解を得にくい」と指摘する。

 火の始末などの不安は解消できないのか。明日から、事例をもとに考える。

(2008/09/17)