産経新聞社

ゆうゆうLife

ひとりでも自宅で(下)

配食の弁当を受け取るため、つえをついて居間の窓まで出てきた利用者(左)。空き容器は回収される


利用者の食事制限や好みなどの情報を管理するカード。「高齢になると嫌いなものが食べられなくなる。わがままとはいえません」と時田園長


 ■配食サービスで安否確認

 買い物や調理が難しくなった独居などの高齢者を対象に、市町村などが配食サービスを行っています。飲み込みやすく調理した介護食を提供する民間業者も増えてきました。配食は「弁当の宅配」にとどまらず、利用者の安否確認も兼ねています。定期的に届けることで、独居高齢者のセーフティーネットとなっています。(寺田理恵)

 開け放たれた玄関ドアから声をかけると、出てきたのは80歳代の女性。

 「今、12時20分前よね。もう食べてもいいの?」。女性が、弁当とみそ汁の容器を受け取りながら問う。配達スタッフは「12時になったら食べてくださいね」と答える。こんなやりとりを、毎日のように繰り返す。

 女性は、独居で認知症の症状がある。食べるのを、正午まで待ってもらうのは、夕方、家を出て歩き回るのを防止するため。「早めに昼食を食べると、空腹なのか、夕方には徘徊(はいかい)するので困る」と、近所の住民から苦情が出たからだ。

 作りたてに近い状態で食べてもらいたくても、認知症の人が在宅を続けるには、ご近所の理解が不可欠。気軽に「どうぞ召し上がってください」と勧めるわけにはいかない。

 市町村の配食サービスでは、食事を届けるだけでなく、安否確認も行う。神奈川県小田原市にある高齢者総合福祉施設「潤生園」の配食サービスは市の委託事業。利用者負担500円(普通食)に、市から500円が上乗せされる。独居の高齢者世帯が対象で、配達時に利用者が亡くなっているのを発見することもある。

 認知症の進行にも気を配る。症状が進むと、食べ物の咀嚼(そしゃく)や飲み込みが難しい嚥下(えんげ)障害が生じるので、介護食に切り替える必要があるからだ。配達時のやりとりのほか、回収した空き容器から「食べ忘れる」「食べ方を忘れる」などの状態が把握できるという。この日回った9軒のうち、2人が認知症だ。

 この日午前、小田原では前夜からの大雨が断続的に降り続いていた。土砂降りの中、ハンドルを握る配達スタッフが「外出のできない悪天候だからこそ、食事を届けなくては」と話す。配食サービスは土、日曜や年末年始が休みのところが多いが、潤生園は365日無休で行う。

 利用者は昼食60人、夕食80人で、6割が80歳以上。玄関への移動が困難なのか、スタッフが庭から声をかけると、居間の窓から弁当と空き容器を交換する利用者が多い。

 ■体調回復で医療費減も

 年をとると食欲が低下するので、味や彩り、季節感の工夫に加え、好き嫌いの把握も重要だ。利用者には、嚥下障害や持病のある人もいるため、刻み食、糖尿食、腎臓食、減塩食など身体状況に応じた調整が必要となる。

 潤生園の場合、利用者の入れ歯の状態も踏まえ、一人一人に合わせた食事を作る。時田純園長は「配食は栄養障害を予防し、入院などの医療費軽減につながる。食事で体調を回復する例も少なくない。しかし、行政の予算措置なので、対象外とされた人は全額自己負担になってしまう。全額を払う人ほど、本当に必要なのでは」と話す。

 配食サービスは平成4年に国が高齢者の在宅支援として制度化した。しかし、介護保険が創設されると、訪問ヘルパーによる調理やデイサービスの食事提供の利用も可能になった。公的な配食サービスの縮小傾向が指摘される一方、民間業者の参入が増え、選択肢が広がっている。ただ、好き嫌いや病気に応じたメニュー調整や安否確認がどの程度、行われているかは業者による。

 厚生労働省の平成19年国民生活基礎調査によると、65歳以上の人のいる世帯では、単独世帯が22・5%を占め、独居高齢者は年々増えている。

 高齢でも要支援1、2や要介護1の軽度の場合、訪問や通所などの介護保険サービスでは365日をカバーできない。本人が自宅での暮らしを望んでも、病気や火の不始末のリスクがあると、親族などの理解を得にくいのが実情だ。しかし、配食や電磁調理器をはじめ、介護保険外の方法を組み合わせることで在宅をいくらかでも延ばす可能性はありそうだ。

(2008/09/19)