産経新聞社

ゆうゆうLife

「介護と仕事」どちらかを選べない(下)

「鈴木さん(左)がいるおかげで、介護と仕事が両立できる」と話す倉形由加里さん(中)=川崎市宮前区


 ■“日中独居”見守るご近所さん

 地域のきずなが薄れるなか、近所づきあいはあいさつ程度になり、困ったときでも、お互いに声をかけづらいのが現実です。そんななかで、「ご近所さん」による見守りのネットワークを“日中独居”の家庭にも広げ、介護者が安心して働けるような環境を作っている地域もあります。(清水麻子)

 川崎市の倉形由加里さん(47)はフルタイムで食品販売の仕事をしている。家では3人の子育てをし、同じ市内に住む要介護4の母(78)の世話もある。“超多忙”な倉形さんの支えは、母の近所に住む鈴木恵子さん(61)だ。

 母は父(80)と2人暮らしだが、父は今も現役で働いている。日中独居になる母を、鈴木さんに頼んで見守ってもらっているという。

 倉形さんが気がかりなのは、母が立ち上がろうとする際の転倒リスクだ。先月上旬も、ベッドから転落する事故が起きた。市から貸与された緊急ペンダントで、委託業者、父と倉形さんに連絡が入ったが、委託業者が駆けつけるのは20〜30分後。倉形さんは鈴木さんに電話し、鈴木さんが母の元に駆けつけ、救助してくれた。

 「本当に助かりました。1分でも2分でも早く助けたいし、状況も知りたい。鈴木さんには、いつも助けていただいて、大変申し訳ないと思うのですが」と倉形さん。

 鈴木さんは「お母さまとは10年以上前からの顔見知りで、布団を干している様子などを見たり、ちょっと、いつもと様子が違うなと思えばカギを開けて中に入って確認もします。今では家の中のどこに何があるかまで全部把握していますよ」という。

 鈴木さんは平成7年、ご近所同士が助け合うボランティア「すずの会」を立ち上げた。介護などをしている人が困ったとき、「いつでも、なんでも声をかけてください」がモットー。気になる高齢者を囲む5人以上のグループ「ダイヤモンドクラブ」は住まいのある中学校区で33カ所に増え、顔なじみの人が互いの要望にこたえる地域ができつつある。

 鈴木さんが最近、気になるのは、介護と仕事を両立できずに仕事を辞め、生活を切りつめ、親の介護に専念する息子世代が増加していること。「介護をしながら仕事もというのは難しいが、仕事を辞めずに済むよう、地域で支援したい」と、鈴木さんは話している。

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 ■「世話焼き」中心に再構築を

 東京都東久留米市の今野則子さん(62)は数年前まで実母(88)を介護しながら、自宅から30キロ以上離れた大学で職員をしていた。心配だったのは、地震などの災害。助けになったのは、地域包括支援センターだった。

 仕事と家庭で手いっぱいで地域とつながりがなく、近隣の多くも日中不在で、頼める人がいなかった。市役所の福祉課に相談したところ、担当者が地域の包括支援センターに連絡してくれた。

 「すぐにセンターの人が自宅に来て事情を確認してくれ、地域の民生委員を通して、何かあれば近所の酒店の方が駆けつけて母の安否確認をする態勢をつくってくれました」(今野さん)。それでも対応できない場合は、近くの特養ホームが一時的に母を保護してくれることになったという。

 在宅介護がうまくいかない場合、相談に乗るのは本来、地域包括支援センターの役割だ。しかし、センターによっては対応が鈍かったり、行き届かないことも多いようだ。

 熱心な自治体や地域包括支援センターでは、認知症高齢者や単身、高齢世帯などを見守るネットワークもあるが、対象が日中独居まで広がらないのが現実だ。

 厚生労働省の「これからの地域福祉のあり方に関する研究会」の委員で、住民流福祉総合研究所(埼玉県)の木原孝久所長は「働きながら介護をする家庭が増える中で、日中独居の家庭も視野に入れた見守りネットの整備が必要」と指摘する。

 「日中の要介護者の変化にいち早く気づくのは『ご近所さん』。どんな都会でも、頼まれなくても、困っている人にかかわろうとする世話焼きの素質がある人が2割はいる。現在の民生委員中心のネットワークでなく、世話焼きの素質を持った人を中心に、近所で助け合うネットワークを再構築すべきだ」(木原所長)

 厚生労働省は今年度から、声かけ、見守りなどをする地域福祉コーディネーターを増やす事業を始めた。今後、日中独居を支援する「ご近所さん」も広がるかもしれない。

 木原所長は「家族がいると、地域の人もその家庭に入るのをためらってしまう。介護者が積極的に地域包括支援センターに要望したり、地域の人に声をかけてくれれば支援の輪ができるはず」と話している。

(2008/10/08)