産経新聞社

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続ひとりでも自宅で(中)

自治会が運行するコミュニティーバスに乗る人々。住民の高齢化が進み、交通手段の確保が大きな課題になっている=川崎市宮前区の県営野川南台団地


 ■自治会バスで外出支援

 足腰が弱り、通院に困る高齢者が増えています。採算の合わないバス路線が次々に廃止され、代わって自治体のコミュニティーバスや、病院の巡回バスが運行されています。都市部でも、高齢化が極端に進んだ地区で、同様に生活上の交通手段が問題になっており、住民が解決に立ち上がるケースも出ています。(寺田理恵)

 川崎市宮前区の県営野川南台団地で今年7月、団地自治会によるコミュニティーバス「みらい」の運行が始まった。10人乗りのワゴン車で、団地とコンビニエンスストアや郵便局を回る3つのルートを1日計18回走る。利用者は自分で乗り降りできる高齢者で、日に平均75人。

 午前9時発の第1便が走るルートは、高台にある団地から、坂下のコンビニの駐車場まで往復わずか7分。短い距離だが、高低差が35メートルもあり、高齢者には歩いて上り下りするのがつらい。

 乗客の女性が「脚が悪いから整形外科に通っています。坂が急だから、歩くと帰りがたいへん。タクシーだと710円かかるので、通院はバスの出る月、水、金曜の週3日。いつも同じ顔ぶれだから、名前は知らなくても顔は分かります。みんな、ひとり暮らしですよ。私は80歳」と話すと、「私も80歳」「私も」と、ほかの女性乗客からも声が上がった。

 第1便の時刻は受診に都合がいいため、乗客の多くが通院目的。坂下のコンビニ近くには、路線バスの停留所やクリニックが複数入るビルもある。地域の総合病院が運行する巡回バスにも乗り継げる。

 女性のひとりが「子供たちは遠くにいるから、いざというときに頼りにならない。ご近所を大切にしなければね」と話すと、皆がうなずき合った。

 同団地自治会の庄司幹夫会長は「740世帯が住んでいますが、7割くらいが高齢者。月平均1〜2件孤独死があります。家から出てこない高齢者が多いので、バスの運行は、閉じこもり予防や安否確認にも役立ちます。乗り合わせた住民同士が会話する場にもなりました」と話す。

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 宮前区は昭和40年代から東京のベッドタウンとして発展した。起伏に富んだ多摩丘陵に位置し、高台に住宅が並ぶ。野川南台団地には当初から路線バスの乗り入れはなかったが、住民が高齢化して坂が通院や買い物の妨げになり、“陸の孤島”と化した。

 そこで、自治会が中心となって平成17年、「南台コミュニティ交通導入推進協議会」を設立し、路線バスの団地内乗り入れや乗り合いタクシーの運行も含め、区といっしょに検討した。しかし、団地住民のニーズとあって、利用者が限られ、採算が合わない。ボランティアによる無償運送とし、住民の意向調査や試験運行を重ねた。

 川崎市は車両購入費250万円を負担。協議会が地元企業からも協賛金を集めたが、人件費やガソリン代、保険料など運営費のほとんどは、自治会予算から捻出(ねんしゆつ)する。今年度の運営費は7月からの65万円。利用しない住民も多いが、自治体ではほとんど反対もなかったという。運転手は団地住民のボランティアが1日3000円で務めるなど、支え合う意識も高まった。

 住民活動が活発化した背景には、区の職員の積極的な働きかけがあった。協議会の藤田澄和代表は「コンビニや郵便局の駐車場を乗降場所として借りるにも、行政の担当者がいっしょに交渉に行ってくれたので、まとまりやすかった。われわれだけでは、いい返事がもらえないでしょう」と、区が果たした役割を評価している。

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 ■乗車困難な人にも対策を

 路線バスの廃止などによる公共交通の空白地帯では、住民の買い物や通院手段としてコミュニティーバスが増えている。路線バスの休廃止は平成14年2月の改正道路運送法施行で容易になり、不採算路線からの撤退が加速した。国土交通省の調査報告書(19年3月)によると、廃止路線数は12年度以前に2187路線だったが、その後の5年間で2223路線に上った。

 高齢者や障害者の交通問題を研究している秋山哲男・首都大学東京教授は「公共交通機関のバリアフリー化は進んだが、通院の移動手段は欧米に比べて立ち遅れている。例えば英国では、事故や緊急時の救急車両を運営する事業体が非緊急時の患者輸送も行う。ところが日本の医療は、通えない患者を診ない仕組みになっている」と指摘する。

 「多くの自治体がコミュニティーバスを走らせているが、路線バスの空白地域に導入するだけで、路線を見直すケースはほとんどない。しかも、自分でバスに乗れない人は置き去りになっている。ドア・ツー・ドアの送迎サービスも含め、移動手段を総合的に確保すべきだ」と話している。

(2008/10/21)