産経新聞社

ゆうゆうLife

効率と魅力は両立するか(中)

昼食を配膳(はいぜん)する委託業者の調理員。外部委託は質が落ちるイメージがあるが、「おいしさ」を追求する管理も必要だ=練馬区社会福祉事業団のデイサービスセンター


 □ある社会福祉事業団の取り組み

 ■委託と配置転換で改善

 限られた収入で介護職員の待遇改善を図るには、運営の効率化が欠かせません。介護報酬が平成18年度に全体で2・4%減になったのを機に、練馬区社会福祉事業団は自前で提供していた食事を外部委託にして経営を効率化しました。そこまでには、どんなプロセスがあったのでしょうか。(清水麻子)

 「介護報酬が下がるので、1年後に食事を外の業者に委託する方針が出ました。辛いでしょうが、介護職への転向をお願いできませんか」

 平成17年夏。練馬区社会福祉事業団の五十嵐一治・事務局長(当時総務課長)は正規職の調理員十数人に個別面談を続けた。

 「結局、首を切られるということですか」。法人内の配置転換は解雇ではないが、職員の反応はさまざまだった。「中には同期で入職した方もいて辛かった。でも、限られた収入でやるには、理解してもらうしかなかった」と五十嵐事務局長は振り返る。

 事業団が食事の外部委託を具体化した背景には、介護報酬減で法人収入が特養とショートステイで7000万円減になる見通しだったことがある。

 それまでもIT化して事務を省力化したり、3人体制を2人体制にするなど、効率化には手を尽くした。もう削るところはない−。そんななかで浮上したのが食事の外部委託だった。

 委託業者が提示した食事管理費は、これまでの7割で、報酬減の大半がまかなえる試算。そこで労働組合と話し合い、調理員に(1)今までの給与を保障し、ヘルパー2級の資格取得費を助成し、介護職へ転換してもらう(2)仕事内容を変えたくない人には、委託予定業者への転職を促す−などの道を示して理解を求めた。

 結局、パートを含む約80人の調理員の大半は退職。結果的に約3000万円の人件費が浮いた。さらに、特養やデイサービスの稼働率をアップさせ、介護報酬は下がったが、平成19年度には収支差益8・4%を実現した。

 介護士として残った職員は3人。その1人、井上一也さん(31)=仮名=は「委託業者への転職では、同じ給与が得られそうになかった。事業団に残れば、職は変わるが正社員で、給与も変わらない。これから家庭を持っていくことを考えると、堅実な選択をしたかった」という。「認知症の棟を任され、夜勤もあって仕事は大変になったが、人に直接、何かをして喜ばれることに新たな喜びを感じていますよ」と、井上さんは話している。

                   ◇

 ■品質向上につなげる戦略も

 全国社会福祉施設経営者協議会の調査(平成19年)によると、食事を外部委託する法人は約4割にのぼる。

 小室豊允(とよちか)・姫路獨協大学名誉学長は「社会福祉法人の清掃や食事、警備業務などの外部委託は、介護保険制度で収入減が避けられなくなって広がった」と指摘する。

 外部委託するにあたり、練馬区事業団は業者選定で独自の仕組みを作った。味付けなど12項目の評価尺度を作り、現場の栄養士らが構成する「食事業者選定委員会」が採点。さらに、利用者の自己負担(デイサービスで1食600円)に見合う適正価格を考えて委託業者を選定した。それまでは採算を考えずにやっていた面があったからだ。

 導入後の外部評価では「利用者の食事形態に合わせた工夫がされている」とされたものの、4つある特養の1カ所については「利用者満足度は6割にとどまる」と改善を指摘された。

 食事の外部委託には「質が落ちる」など、賛否もある。しかし、福祉施設などのコンサルタント業務を行う日本化薬メディカルケアの宮野茂・代表取締役は、一般論としたうえで、「介護保険導入で、介護は運営から経営へ仕組みが変わったのに、コスト感覚がない事業所もある。人件費や食費は大きな支出だが、勤務年数が長いというだけで過大な給与を支払ったり、食材を特定の業者から高い値段で仕入れているようなところは削減の余地が大きい」と指摘する。

 質の維持については「委託業者は入札時にはおいしいものを作るが、2、3カ月で味が落ちる傾向がある。おいしさを継続させるには、法人が食事の質を厳しくチェックし続けるしかない」と指摘する。

 外部委託をサービスアップにつなげた施設もある。山形県鶴岡市の社会福祉法人「一幸会」は、委託業者選定の際、選定委員会に高齢者も入ってもらった。利用者の味覚に合わせようとの意図だ。「外部委託で経営上は人件費が0・6%下がったのに、『食事がおいしい』とデイサービスやショートステイを利用する人が増えた」(佐藤佐保子・池幸園園長)という。

 小室名誉学長は「食事を外部委託すれば、質が後退するイメージがあるが、必ずしもそうではない。委託を逆手に取り、質を上げていくことも経営戦略の一つだ」と話している。

(2008/11/12)