産経新聞社

ゆうゆうLife

効率と魅力は両立するか(下)

若手を指導する方法を検討するリーダー職員ら=練馬区社会福祉事業団の特別養護老人ホーム


 □ある社会福祉事業団の取り組み

 ■職員参加でやる気アップ

 経営を効率化し、その分、職員研修を充実させれば、施設のサービス向上につながります。経営者からは「高くつく」「人手がない」などで、研修は敬遠されがちですが、お金や人手をかけない工夫はあるようです。練馬区社会福祉事業団では、研修を内部職員も担うことで、効率化と職員のやる気アップにつなげています。(清水麻子)

 「ボランティアによるアニマルセラピーは、普段見られない笑顔も見られ、高齢者が明るくなってよかったですよ」

 先月中旬、練馬区社会福祉事業団の特別養護老人ホームの一室で「リーダー研修」が開かれた。参加者は主任・係長ら約20人。係長の松本和彦さん(41)=仮名=が“先生役”として、日々の取り組みを発表すると、別施設に勤務する参加者から「いい考えですね、うちの施設でも、職員は何かと忙しいので、やってみようかな」と声が上がった。

 松本さんは「自分の意見を吸い上げてもらえると、うれしい。逆に、いろんな意見をもらったり、助かることも多いです」と声を弾ませた。

 次は、「部下に指導しても、なかなか動いてくれない」という悩みに、別の参加者らが“先生役”になって答えた。「『利用者さんの立場ならどう思うかな?』と問いかけると、進歩があると思いますよ」「あれもこれもやろうとせず、優先順位をつけるのもいいかもしれませんよ」

 リーダー研修の講師、日本化薬メディカルケアの宮野茂・代表取締役は「研修の目的は、組織指導法を学ぶことですが、参加者が、その場に応じて“先生役”になることで、情報が職員間で共有される副次効果があります。自分のアイデアが共有されると、職員のモチベーションも上がり、外部講師を頼まずに済む可能性も出てきます。職員が研修に積極的にかかわることで、組織を強くする効果を生むんです」と話す。

 ■研修充実 工夫次第で十分可能

 一方、教育や研修で職員の能力開発を充実させている事業所は多くない。平成19年度の介護労働安定センターの「介護労働実態調査」によると、「教育・研修計画を立てている」や「自治体や業界団体が主催する教育・研修に積極的に参加させている」事業所は半数止まりだ。また、約4割が「経営が苦しく、労働条件や労働環境改善ができない」とし、約3割が「教育・研修の時間が十分に取れない」と答えている。

 しかし、同事業団で研修を担当する河野敦子・サービス向上担当課長は「研修はお金や人手をかけなくても、工夫次第でできる」と話す。

 同事業団では今年度、事故防止やターミナルケア、感染症防止などおよそ50種にわたる研修を80回ほど実施予定。総予算は相場より安い300万円程度だという。しかし、研修を始めた平成16年度当初は約50回分で1000万円以上かかった。ノウハウが乏しく、課題分析、研修の企画と実施をすべてパッケージで業者に委託していたためだ。

 だが、もっと効率的で、職員の専門性が上がる方法はないかと、18年度からは年間計画に基づき、研修メニューごとに講師を選ぶ方式に変えた。「職員の専門性を上げるためなら」と、わずかな謝礼で協力してくれる大学教授らを探したり、事業団のリーダー職員に無料で講師役を頼んだり、資料印刷などの準備も事業団で行うようにした。

 その結果、研修費用は3分の1に減り、種類や回数は増え、講師役になる職員の専門性やモチベーションも上がる“一石三鳥”だったという。

 昨年度は、研修の一部を区内のほかの事業所にも無料公開、約15事業所から120人超が参加したという。

 全国社会福祉協議会で、介護労働者の研修に関する研究会委員を務めた上智大学の栃本一三郎教授は「内部で研修を行うより、むしろ入って3年程度の専門資格のある職員に積極的に外部研修を受けさせればいい」と話す。この層が施設に戻れば、職場は活性化する。また、中核となって若い職員に実地トレーニングをすることで効率的な研修となる。

 企業が行う能力開発研修は、職員1人が1日参加して数万円など、高額なものが多いが、自治体や地区の社会福祉協議会主催のものは無料や1日1000円程度など、比較的安価。介護労働安定センターの研修は1日3000円程度だ。

 栃本教授は「施設ケアの質を上げるため、事業所は様々な工夫をこらして職員を育ててほしい。一方、安いからと形だけ参加させるのではなく、そのリーダー層に本当にためになる研修を受けさせて欲しい。人材に投資しない事業所は将来、左前になる」と話している。

(2008/11/13)