産経新聞社

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特養で看取るには(上)

膵炎や骨折を患いながら、特養で看取られた平光ことさん(右)。痛みは抑えられ、お気に入りのスタッフに手を握られ、笑顔で写真に納まった=岐阜県池田町のサンビレッジ(提供写真)



 ■「ここで亡くなっても大丈夫」

 “終の棲家”と呼ばれる特別養護老人ホーム(特養)では近年、入所者の要介護度が上がり、看取(みと)りの機能が求められるようになっています。ただ、施設と契約した医師が緊急時に対応できないなどの理由で、求めに応えられないのが現状です。看取りに向けて模索する特養の取り組みを紹介しながら、その課題を探ります。(佐久間修志)

 9月22日夜。岐阜県池田町にある特養「サンビレッジ」の一室で、平光ことさんは92歳の生涯を閉じた。家族に見守られての旅立ち。最期を看取った長女の祐子さん(65)=仮名=は「思いだすたび、満足感に包まれる」という。

 一人暮らしだったことさんは昨夏、足腰の状態が悪化。料理もままならなくなった。離れて住む祐子さんが食事を作るなどしたが、それにも限界があり、同年11月にホームへ入所した。

 祐子さんの気がかりは「もしも」のとき。「病院でつらい延命措置はさせたくない。この世にいる間は楽に過ごさせてあげたい」という祐子さんだが、「施設にいた知人の親御さんはだいたい、最期は病院のような気がした」。

 そんな祐子さんに、ホームが入所契約時に差し出したのは、看取りの方法について家族に意思確認する書類。「施設で看取る」という選択肢を見ながら、祐子さんは「ここで亡くなっても大丈夫なんだ」と胸をなで下ろした。

 入所前から膵(すい)炎を患い、慢性の骨粗鬆(こつそしょう)症もあったことさんは、骨折も多く、痛みが絶えない。亡くなる半年前からは、毎日のように痛み止めを処方された。

 特養のスタッフは「弱い薬では効かないが、強い薬は副作用も強い。一般的に痛みを取れなければ病院に送らざるを得ませんが、常勤医師の投薬指示で乗り切れた」と話す。最期は「気がついたら、息が止まっていた」(家族)というほど、安らかに旅立ったという。

 「亡くなると、職員のみなさんが駆けつけて泣いてくれたんです。この場所で、母は素晴らしい時間を過ごせたんじゃないでしょうか」。祐子さんはそう思っている。

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 ■実現は医師の対応次第

 医療経済研究機構が行った調査によると、特養の入所者のうち、約77%が「死亡による退所」だが、そのうち、実際に特養で亡くなったのは約37%。残りの62%は病院で息を引き取っている。

 しかも、病院で亡くなったことが「本人の希望通り」なのは、わずか3%。本人の希望が確認できないケースが多いが、「希望と異なる」は約17%に上り、「希望通り」をはるかに上回る。「終の棲家」のイメージと裏腹に、特養は「看取りの場所」とは言い難いのが現状だ。

 大きな理由の一つは、特養で医療が十分に提供されていないこと。全国老人福祉施設協議会の実態調査によると、“特養の医師”として、施設と契約する嘱託医の訪問回数は「週2回」が過半数で、訪問時間は3時間以下が85%以上。休日、夜間の訪問対応も約半数にとどまっている。

 東京都内の特養に勤める看護師(54)は「夜間は医師を呼ぶことができず、死に直面した経験が少ない介護職は『何かあったら…』という不安の中でケアしています。医師が不在では死亡診断書も書けません。無事に看取れても、診断書がなければ、変死扱いにされかねません」と実情を明かす。

 この結果、老衰のように医療ケアの必要度が高くないケースでも、看取りを行わない特養が多い。医療経済研究機構の調査では、約55%の特養が「終末期には原則、速やかに病院に移す」を基本方針にしている。

 慶応大学医学部の池上直己教授は「特養での看取りは、看護師や介護職の不安と負担が大きく、忌避されているのが現状」と指摘。その上で「施設側として、看護師が対応できる態勢を整え、関係医療機関の協力を得ることが解決策」と提言する。

 平光さんを看取った「サンビレッジ」は、「基本的に入所者の要望に応じて、極力、看取れるように対応する」方針。施設は通常、嘱託医を地域の開業医に依頼するが、サンビレッジでは、施設の常勤にしている。過去には、エイズや感染症の入所者の看取りも経験。今年、死亡退所した17人のうち、ホームで逝くことを希望した16人は全員、ホームで看取ったという。

 石原美智子理事長は「入所者にとって、どこで最期を迎えるのが幸せか、という視点で行っている。介護職も病気や死について学べれば、尻込みせずに看取れるケースは増えるはずだ」と話している。

(2008/11/24)