産経新聞社

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特養で看取るには(中)

特養「ひまわり」で診療する太田医師(右)。「施設長に信念があるならば、つきあうつもり」。手を携えながらの看取りが続く=栃木県都賀町


 ■「いつでも呼んで」に安心感

 特別養護老人ホーム(特養)で入居者を看取るには、医師がいつでも診察に応じる態勢が必要。しかし、現実には、“特養の医師”である嘱託医が緊急時に対応できなかったり、嘱託医でない医師が診療しても、見合う報酬が期待できないなど、難しいのが現状です。嘱託医との関係を新たに模索する特養も出ています。(佐久間修志)

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 「この診療所で嘱託医を引き受けてほしい」。平成18年。日差しが強まる初夏の昼、栃木県都賀町にある特養「ひまわり」の佐々木剛施設長は、栃木市の在宅医、太田秀樹医師を訪ね、切り出した。

 「分かりました」。太田医師は即答した。「本気で看取りをやりたいんですね。できる限り、協力します」

 ホームは15年に一時期、看取りを進めた経験があるが、「看護師や介護職の頑張りに支えられた不安定な看取りだった」(佐々木施設長)。夜間・休日は嘱託医を呼べず、医務室長の看護師が何度も夜間に出動した。

 その看護師が過労で退職すると、看取りはできなくなった。以後、胃ろうなど医療措置が必要な入所希望者は断っていた。「スタッフの負担は減ったが、地域の期待に応えられない施設でいいのか」。葛藤(かっとう)は続いた。

 転機は18年の介護保険制度改正。特養の役割に「重度化への対応」が掲げられた。「やはり、特養は介護で困った住民の要望に応じられる“駆け込み寺”でなくては」。夜間の態勢を整えるべく、これまでの嘱託医と契約を打ち切り、後任として在宅医療に定評のある太田医師の在宅療養支援診療所に白羽の矢を立てた。

 それから2年。ホームでの看取りを希望した人は全員、ホームで最期を迎えた。昨年10月にホームで父親を看取った地元の男性(53)は「父の状態の変化に対し、常に処置を考えてくれた。最期は看護師も一晩中付き添ってくれた」と感謝を口にする。

 がんで痛みのケアなどが必要なケースはまだない。ただ、「嘱託医を引き受けてもらった太田先生からは、必要ならいつでも呼んでくださいと言ってもらえる」(佐々木施設長)のが強み。「ここで看取られたいという家族の要望に、今は自信を持って『任せてください』と言えます」。スタッフは胸を張って答えた。

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 ■嘱託医以外の診療にカベ

 特養では原則、嘱託医が診療する。嘱託医へは、介護報酬の一部が、施設から定額で支払われ、額は「年間約数百万円」ともいわれる。

 だが、「嘱託医は高齢の医師が多く、呼び出されることに消極的」(都内の在宅医)。施設側も「地域の名士ともいえる嘱託医に、24時間対応をお願いしづらい」と及び腰だ。

 しかし、施設が嘱託医以外の医師に診察などを頼もうとすると、対価がハードルになる。厚生労働省が「(外部の医師は)緊急の場合または、患者の疾病が嘱託医の専門外であるため、特に診察を必要とする場合を除き、みだりに診療を行ってはならない」としているからだ。

 「緊急」や「特に診療が必要」な場合は往診料を取れる。しかし、その際も、末期がん患者については一部認められるものの、各種の指導・管理料は算定できない。「本来、嘱託医が行うべき仕事」とみなされるからだ。

 医療経営コンサルタントの秋元聡氏は「診療報酬は、診察の手技料などより、指導・管理料のウエートが高い。ここを制限されると、医師の利益は少ない。加えて、看取り期に往診しても、できる医療的措置は限られる。(外部の)医師は割に合わないと感じるのでは」と話す。

 施設にすれば、結果、夜間や休日に入所者の容体が急変すると、呼べる医師はおらず、入所者を病院に搬送することになる。

 三菱総合研究所の調査では、「夜間でも嘱託医に訪問してもらえる」特養は29%。夜間・急変時に「(嘱託医ではない)協力病院に連絡する」は6割に上った(複数回答)。

 しかし、筑波大学の飯島節教授は「将来的に特養での看取りは増やさざるを得ない」と予測する。入所者の要介護度は上がっている。看取りを行う特養は増えてきており、厚労省は18年、施設への「看取り介護加算」を新設した。施設が看護職員と連携し、本人や家族の同意を得て計画的に看取りまで介護した場合、30日を上限に介護報酬を上乗せする。現在、特養の約3割が算定している。

 ただ、飯島教授は「看取りは過大な現場の負担に支えられている。報酬ではなく、特養の施設基準や嘱託医のあり方など、抜本的な見直しが必要だ」と話している。

(2008/11/25)