産経新聞社

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特養で看取るには(下)最後は家族の意向反映

神崎さんの母、マチさんが作った張り絵の作品。仲間も多かった特養に、マチさんも戻ることを希望していたという


 医師が十分対応できる特別養護老人ホーム(特養)でも、入所者の家族が施設での看取りを希望しないこともあります。いったん、施設での看取りに同意しても、後で気持ちが変わることも。ただ、特養などの施設で息を引き取ることへの社会的評価は定まっておらず、特養側は家族の意向を優先して対処しています。(佐久間修志)

 「あのとき、ほかに方法はあっただろうか…」。東海地方の特養に入所していた母、マチさん=87歳で死去=を病院で看取った神崎登さん(58)=いずれも仮名=は、母親の看取りについて、今も割り切れないでいる。

 マチさんは、特養に入所していた平成13年、脳梗塞(こうそく)で病院に運ばれた。マチさんの希望は「施設のみんなのところに帰りたい」だったが、まひで食べ物の飲み込みが難しくなった後も、点滴などに頼らず、食事を取ろうとしたため、肺炎を幾度となく発症した。結局、中心静脈に直接点滴する処置を余儀なくされ、「復帰」は遠のいた。

 マチさんが「帰りたい」と願った特養は、医師が常勤で医療も手厚いが、中心静脈への点滴をしているようなケースは、受け入れが難しかった。マチさんの願いを汲んだ特養側は「胃ろうにするならば何とか…」と提案したが、マチさんは「嫌や」。「体にチューブを通す手術がどうしても受け入れられなかったのでは」。神崎さんは母親の気持ちをおもんぱかる。

 母親をどうすべきか。神崎さんの心は揺れた。施設の食堂には、手先の器用だったマチさんの張り絵が飾られ、マチさんはいつも神崎さんに自慢した。施設主催の家族旅行でも、楽しそうな笑顔で写真に納まっている。

 しかし、入院してからのマチさんは、ベッドの上で一点を見つめる姿が増えた。神崎さんは特養でケアを受ける胃ろうの入所者を見て、「こうした方が母のためなのか」とも感じた。

 結局、マチさんは2年後、そのまま病院で息を引き取った。特養の医療責任者は「胃ろうなら、施設で親しい友人たちに囲まれて看取られたと思う。でも、最終的には本人の思いや家族の決断を尊重するしかない」と、悔しさをにじませる。

 神崎さんは「特養のケアのよさは知っていた。本人の希望を考えると、胃ろうにはできないけれど、静脈への点滴を抜いてでも、戻ればよかったのかな」とポツリ。だが、一呼吸置いたあと、「施設に帰りたかった母の願いはかなえてあげられなかったが、胃ろうをしないという要望は聞いてあげられたと思っている」

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 ■揺れる決断 無視できず

 たとえ医師が常駐し、看護師と介護職の連携が取れている特養であっても、看取りを希望する入所者の願いに百パーセント応えられるわけではない。家族や親族らが、最終的に施設での看取りに踏み切れないケースがあるためだ。

 マチさんの場合も、特養での看取り、胃ろうをしない希望は分かっていても、両立はできず、神崎さんが決断せざるを得なかった。

 東北学院大学の岡田耕一郎教授は「病院ではなく、施設で看取るという考え方が社会で共有されていないことが背景にある」とした上で、(1)そもそも本人からの看取りの確認が不十分(2)急変時に家族の気持ちが揺れ動く(3)親族内での意見が統一されない−などの事情があると分析する。

 (1)は、本人がまだ元気な入所時などに確認すれば足りるように思えるが、特養側は「とても切り出せない」と主張する。「“縁起でもない”と取り合ってもらえないのがオチ」(施設長の一人)。結局、本人の容体が悪くなってから、家族に確認するケースが多くなるという。

 医療経済研究機構の調査では、入所時に看取り場所の希望を確認する施設は55%。しかし、本人への希望確認については、入所時にすでに認知症などがある高齢者もおり、「分からない」ケースが、死亡退所者の約73%に上る。

 本人の意思確認が取れていても、(2)(3)の問題は残る。

 「本人が『延命措置をしないでほしい』といっても、どんな形でも生きてほしいと思うのが家族の姿」とは、神崎さんのいた特養の女性看護師。看護師は若いスタッフに話す際、家族の意思は揺れ動くこと、意思統一が図れないことを無視できないのだと語りかけるようにしている。 「急に容体が悪化した入所者の家族に連絡したとき、お嫁さんしかいなかったことがあります。私は施設での看取りを決断できず、病院に送りました。親族間に波風は立たず、お嫁さんからは感謝されました。それで良かったのだと信じています」

 岡田教授は「特養で本格的に看取りに手をつけられるようになったのは最近で、まだ試行錯誤の状態。看取りに対する社会通念が定着していないだけに、施設と家族との意思疎通もこれからの課題」と話している。

(2008/11/26)