産経新聞社

ゆうゆうLife

ひとりでも自宅で 暮らしのお金の管理(下)


 ■認知症進行で受け皿も変化

 認知症などでお金の管理が困難なため、日常生活自立支援事業を利用する人が増えています。しかし、この事業は自分で契約できる判断能力がある人が対象で、認知症が進めば、成年後見制度の利用も検討する必要が出てきます。ところが、2つの制度がうまく結びつかないのが現実。この橋渡しに取り組む社会福祉協議会もあります。(寺田理恵)

 東京都世田谷区の女性(85)は認知症で、ひとり暮らし。平成16年春から同区社協の「あんしん事業」(地域福祉権利擁護事業)を利用し、預貯金の引き出しなどを手伝ってもらっていたが、認知症が進み、成年後見制度に移行した。

 女性があんしん事業を契約したのは5年ほど前。自宅にため込んだごみが原因で異臭騒ぎが起き、行政などに通報があった。部屋を片づける途中で、多額の現金が見つかり、それまで受給していた生活保護が打ち切りに。見つかったお金を金融機関に預け、それを取り崩して生活することになると、今度は金銭管理の問題が生じた。

 女性は、食事や着替えなど、日常の行動に支障はなく、手元にお金があれば生活できた。しかし、額の大きなお金を管理できず、生活に必要な分だけ、金融機関から定期的に引き出すなどの手伝いが必要だった。

 あんしん事業は、本人が社協と契約するため、事業の内容を理解し、契約できる判断能力が必要だ。ところが、女性はその後、認知症が進み、判断能力がさらに低下。預金の払い出し票に金額を書き入れることが難しくなった。手伝ってくれる人の顔が覚えられず、訪問を受ける日にちも分からなくなり、この事業での対応が困難になった。

 女性の認知症が進んだのを受けて、社協は「あんしん事業を継続するか」「成年後見制度を利用する必要があるか」について検討を重ねた。その結果、あんしん事業の契約能力がなくなったと判断し、昨年夏に解約。成年後見人を選任するため、区長による申し立てが行われた。

 ■自分のためにお金を使える態勢を

 認知症などでお金の管理が困難な人を支える制度には、日常生活自立支援事業(地域福祉権利擁護事業)と成年後見制度の2つがある。社協が行う日常生活自立支援事業は、本人と契約するため、本人が納得するまで何度も訪問を繰り返す。

 一方、成年後見制度は、家庭裁判所に選任された成年後見人などが、財産管理などの法律行為を行う。

 世田谷区社協権利擁護センター「あんしん世田谷」の田辺仁重(ひとえ)係長は「事業利用の相談に乗る段階で、すでに成年後見制度の利用が望ましいほど認知症が進んでいる場合が多い。お金の概念が無くなり、名前が書けなくなると、払い出し票の記入ができず、行き詰まります」と指摘する。

 そのため、平成12年ごろから成年後見制度に関する勉強会を続け、あんしん事業での対応が困難になった場合、成年後見制度の利用につなげてきた。17年10月には、制度の利用を調整する「世田谷区成年後見支援センター」を開設し、体制を充実させた。

 田辺係長は日常生活自立支援事業について「早い段階で利用すれば、本人の生活ぶりを把握でき、認知症が進んでも、本人の希望に沿った対応ができます。しかし、認知症になった場合のリスクは、まだ理解されていない。核家族化が進み、支えられる親族が減っています。いずれ自分で管理できなくなることを認識し、ライフスタイルを考えてほしい」と提言する。

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 権利擁護に詳しい弁護士の平田厚・明治大学法科大学院専任教授

 日常生活自立支援事業の利用が難しくなれば、成年後見制度への移行が望ましいが、2つは結びつきにくい。成年後見には、手続きを開始する「申立権者」が必要だ。一方、日常生活自立支援事業は家族のいない利用者が多く、申立権者が身近にいない。市区町村長が申し立てる制度があるが、多くの自治体は家族の問題に介入するのを避けたがる。

 また、日常生活自立支援事業で支援を開始してしまえば、成年後見制度はなおさら使わなくなる。

 第三者にお金を払って手助けを求める法文化が、日本になかったのも大きい。人を支えるには人件費や連絡体制が必要だが、「家族で支えれば済む」「無料でできる」との考え方が、政治家に根強くある。しかし、家族がお金を管理すると、相続人の立場もあるので、介護保険サービスの1割負担を惜しむなど、お金が本人のために使われない事例が少なくない。本人のお金を、本人が豊かに生活を送るために使うのが制度の目的だ。

(2008/12/03)