産経新聞社

ゆうゆうLife

訪問介護事業所 生き残りをかけて(上)

介護保険の給付が減ったため、自費でサポーターに来てもらっている高杉さん(右)=静岡市


 ■軽度者向けサービス制限で苦境

 高齢者の自宅にヘルパーを派遣する訪問介護事業所の経営が苦境に立たされています。限られた介護給付を中重度者に集中させようと、厚生労働省が軽度者向けの長時間の生活援助サービスを制限しはじめたことがきっかけ。ヘルパー不足もあり、閉鎖や統廃合に追い込まれる所も。事業所が生き残るには、どんな道があるのでしょうか。(清水麻子)

 静岡市の繁華街にあるマンションの一室で、医師、高杉光太郎さん(99)=仮名=が、高齢者の生活を支援するシニアライフサポーターの女性から血圧を測ってもらっていた。

 「100歳を前に、ついにお世話される立場になりました」。そう話す高杉さんは、医院を継いだ次男の家族と住んでいるが、自由な時間が持ちたいと毎朝10時、このマンションに通う。悠々自適の生活だ。

 「周囲にはおいしい飲食店がたくさんあるので食事には困りません。でも、最近は物忘れが出てきたし、独りで着替えるのも難しい。体調管理や掃除などにサポーターさんを活用させてもらっています」と高杉さんは言う。

 シニアライフサポーターは、静岡市の訪問介護事業所「エポックケアサービス」が提供する1〜3時間の短時間家政婦のこと。1時間当たり1433〜1750円の自己負担で、日常の家事のほか、病院内の付き添い、大掃除に至るまで、介護保険のヘルパーができない柔軟なサービスを提供する。

 厚生労働省は3年前の介護保険法改正で、限られた給付を効率的に使うため、中重度者への支援を強化。軽度者の生活援助(家事)サービスを制限する方針を打ち出した。

 しかし、軽度者の中には、自費でも、サービスを受けたい人も多い。同社はこうしたニーズに応え、介護保険を補完するサービスを始めた。費用を払えば、ヘルパーが介護生活を助ける仕組みで、今年4月にサポーター(短時間家政婦)サービスとして発展させた。

 「要介護1」だった高杉さんも3年前の法改正までは、月に約5900円の自己負担で週5日、介護保険のヘルパーに、マンションを掃除したり、洗濯をしてもらったりしていた。しかし、改正後は介護予防の対象になり、ヘルパーには週2日しか来てもらえなくなった。代わりに、サポーターを頼むことにしたという。

 「月の自己負担が3万円以上になったことは不満ですが、介護保険ではしてくれないことも頼める。良い面もあります」と高杉さん。サポーターに時々、カラオケや外食につきあってもらうという。

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 ■保険と自費の「混合介護」安く提供

 エポックケアサービスは、静岡市内で約100人の高齢者に訪問介護サービスを提供する中規模の株式会社。

 順調に収益を伸ばしてきたが、周囲に競合が増えたり、厚生労働省が軽度者向けの生活援助サービスを制限し始めたことなどが影響し、平成15年12月の1200万円をピークに居宅サービス事業の総収入が減り続けた。そこで、介護報酬が高い中重度者を積極的に受け入れて経営基盤を安定化。軽度者向けには、もともと行っていた家政婦紹介の事業を強化した。

 塚原聡社長は「介護保険の売り上げは減ったが、逆に短時間の家政婦紹介が“特需”になり、減収分を穴埋めしつつある」と力を込める。今年10月の家政婦紹介の経常利益は訪問介護事業を上回った。

 訪問介護事業所の経営はどこも苦しい。平成20年介護事業経営実態調査では、収支差率マイナス20%以上が3割以上。事業が継続できず、閉鎖や統廃合に追い込まれる所も少なくない。

 厚生労働省は来年度の介護報酬改定で、短時間の訪問介護の報酬単価を上げるなどで訪問介護事業所の経営を安定化させる方針。だが、介護報酬全体の上げ幅は施設を含め3%にとどまり、大幅な収入増は見込めない。

 経営コンサルタントとしてエポック社にかかわり、東京都世田谷区で訪問介護事業所も経営する荒井信雄社長は「介護報酬のみに依存した経営は限界」と指摘する。荒井社長は「収益を上げる事業所では、介護保険サービスと自費サービスを一緒に提供する『混合介護』を当たり前に行っている。自費サービスは2000〜3000円と高いが、それをケアマネジャーに好まれる程度に、いかに安く提供するかが経営戦略だ」と話している。

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 慶応大学の駒村康平教授(社会保障)の話 「年金額は今後、政策的に引き下げられることが決まっており、低所得者は実質的に自費サービスを使えない。所得の差により、サービスに差が出ることを懸念する。サービス差を出さないためには、低所得者の自費サービス利用に、国が一般財源で補助するしかない。それよりは、同じサービスを保障し、財源の問題は高所得者が介護保険サービスを利用する際の自己負担割合を、医療保険同様に引き上げることで解消した方がよい」

 龍谷大学の池田省三教授(介護保険)の話 「限られた介護給付費を、本当に介護が必要な中重度者に、重点的に使うという厚生労働省の考えは今後も変わらないだろう。こうした中重度者を、事業所が積極的に受け入れれば、利用者単価が上がり、事業所経営は安定する。一方、軽度でも生活援助サービスを受けたい人は多い。事業に、使い勝手の良い自費サービスをいかに組み込むかが、収益を上げるカギになる」

(2008/12/16)