20年前、たまたま乗ったタクシードライバーが、介護離婚した女性だった。同居中の義父母の介護を嫁として10年やって、ほっとしたとき、夫からの「ありがとう」のひとことがなかったことが離婚の原因とか。
彼女は40代。子供が自立したのをきっかけに「飛んじゃった!」と言う。勇気あるなあ、と思ったけれど、これが、50代、60代となると飛びたくても飛べない。とくに近ごろは、老老介護や遠距離介護が多い。
事情も悩みもかなり違ってきた様子だ。
これは、60代の夫が故郷で80代の義母の単身介護中という妻の話。彼女は「夫婦なんだから、介護を手伝いに行くべきなのだろうけれど、もう心も身体も動かない」と悩んでいる。
確かに、定年後の夫と2人だけでも大変なのに、今さら知らない土地に行って、介護労働付きの嫁を強いられるなんてねえ。
目下の彼女は、働く娘の子育て援助を理由に自宅にとどまっているけれど、このまま夫の単身介護が長引けば、どうなるか。5年、別居が続けば、もう夫との仲は戻らないかも。離婚かなあ、と思っているらしい。
この彼女に、唐突にあなたならどうする? 行く?と聞かれて、返答に窮した。いたしかたなく、これまでの夫婦関係次第かしらねえ、とあいまいに応じたら、そういうことじゃない、といわれた。
夫に頭を下げて頼まれて、1人で行くのならいいのだそうだ。義母の介護は、自分の人生に降ってきた困難と観念して向き合える、と。
けれど、彼女の場合、「夫と2人で介護」が最悪らしい。
一度、行って一緒にやってはみたものの、妻の介護のやり方に夫は逐一不満。手を出し、口を出しでけんかが絶えず、「だったら、自分ひとりでやれば」と、ついキレて帰ってきてしまったのだそうだ。
介護という共同作業に直面し、今まで気づかなかった夫のマザコンぶりに唖然(あぜん)。さらに、これまでしないで済んできた「いい嫁」を今さら演じることのストレス。
それらは、言葉では言い表せない試練であるとのこと。
で、再び、あなたならどうする?と聞かれて、絶句してしまった。
彼女は、定年後の夫に単身で親の介護をさせて、自分は自宅で気ままに暮らしてえ、と世間に言われる微妙な立場だけれど、ただ「わがまま妻」とは言い切れない。
人の事情というものは、聞いてみないと分からないものだ。(ノンフィクション作家 久田恵)
(2008/12/19)