産経新聞社

ゆうゆうLife

手遅れになる前に…成年後見制度(上)

認知症の母親のために後見人になった東本信さん




 ■大切な早めの財産把握

 判断能力が十分でない人に代わって、後見人などが財産管理や契約を行う「成年後見制度」。後見を求める申し立ては、スタートから8年間に約15万件になりました。しかし、判断能力が完全に失われてから申し立てるケースが多く、「事前に備える」という感じではないようです。「もっと早く、利用していればよかった」と悔やむ親族後見人もいます。(竹中文)

 「母の認知症が進行する前から成年後見制度を知っていればよかったと思います」

 こう話すのは、2年前、母親の後見人になった東京都板橋区のビジネスライター、東本信(とうもと・まこと)さん(59)だ。

 東本さんの母親は夫と死に別れ、70代で福岡県宗像市の持ち家で1人暮らしをしていた。夫の残した預貯金もあり、暮らしには困っていなかった。

 しかし、一人暮らしを始めて4年ほどたった頃から認知症の症状が出始め、深夜に徘徊(はいかい)をするように。姉が脳梗塞(こうそく)で倒れたこともあり、東本さんはやむなく、母親を福岡県の特別養護老人ホームに入所させた。入所後、母親は要介護4であることが分かったという。

 東本さんは「母を特養に入れた後、空き家になった実家に何度か掃除にも通いましたが、家を放置することもできず、賃貸に出す方法を調べました。ところが、家は母親名義なので、私が人に貸すことができないんです。それでたどり着いたのが、成年後見制度でした」

 東本さんは制度を利用するため、福岡家庭裁判所に自身を後見人候補者とする申し立てをした。申し立てのため、母親の財産目録を作ったが、そこでも難関が。「母は認知症が進行し、預金通帳や有価証券類がどこにあるか、分かりませんでした。幸い、実家の押し入れにあった通帳類を見つけましたが、認知症が進行する前に、親の財産は把握しておくべきだったと痛感しました」と東本さん。

 後見人に選ばれた後も、「早くなっておけばよかった」と思う出来事があった。実家の掃除をしていて、24本で50万円もする健康飲料を発見したのだ。

 「近くで見守ることができれば、後見人が購入を取り消す『取消権』を行使できたはず。悔やんでも仕方がないので、健康飲料は、私が飲みましたが」

                   ◇

 ■「後見」「補助」「保佐」…3つの制度

 成年後見制度には、判断能力がまったくない人のための「後見」、訪問販売員から不要な高額商品を買ってしまうなど、判断能力が不十分な人のための「補助」、その中間的な「保佐」の制度がある。

 判断能力がまったくない人よりも、判断能力が不十分な人の方が多いはず。しかし、実際に利用者数が多いのは「後見」。最高裁判所によると、平成19年度の申立件数は2万1297件。保佐や補助、任意後見監督人の申立件数と比べると、文字通り、けた違いに多い。

 後見人を務めた経験がある成年後見センター・リーガルサポートの松井秀樹さんは「後見の対象になるような人は、要介護度が重く、施設に入所しているケースが多い。一方で、補助や保佐の対象になる人は、一人暮らしができる人もいる。施設入所より、一人暮らしの人の方が、悪徳商法の被害に遭いやすい。しかし、補助や保佐開始の申し立て件数は、後見より少ないのが現状です」と指摘する。

 補助や保佐の段階で後見制度を利用していれば、後見への移行もスムーズだが、判断能力がまったくなくなってから後見開始を申し立てると、苦労も多いようだ。

 自身、後見人になったこともある松井さんは、後見対象者の財産を把握するため、近隣の金融機関すべてに照会をかけたことがあるという。福祉関係者の立ち会いのもとで、家の中を探し回り、50万円ほどが見つかったケースも。

 松井さんは「判断能力がまったくなくなると、銀行などでの取引時に、後見人をつけることを求められることがある。しかし、補助や保佐の対象になる人は、そうした経験が少ないので、後見開始の必要性に気付かない。自分が判断能力が不十分であることを認めたがらないケースもあるようです。判断能力がまったくなくなる前に、成年後見制度は利用されるべきではないでしょうか」と話している。

(2008/12/22)