産経新聞社

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手遅れになる前に…成年後見制度(下)

「達人倶楽部」主催の講座で、講師の話を熱心に聞く受講生ら=川崎市


 ■一般市民を養成する動き

 判断能力がなくなった人に代わって、財産管理などを行う成年後見人。親族をはじめ、弁護士や司法書士、社会福祉士などの専門家がなるケースがほとんどです。しかし、平成22年には認知症高齢者は208万人になる見込みで、後見人が足りなくなるとの懸念が高まっています。このため、市民を後見人として養成する動きが、自治体などで広がっています。(竹中文)

 「16年に4カ月ほど、身内がいない末期がんの友人の手助けをしました」と話すのは、川崎市の主婦、伊藤愛さん(62)=仮名。

 伊藤さんが大学時代に寮で知り合い、約40年間も交流を続けてきた友人は16年3月に末期がんで休職、入院生活を始めた。伊藤さんはその友人から預金通帳を預かり、入院の手続きや支払いなどを手伝った。成年後見人ではなく、あくまでも友人としてのサポートだった。

 加入している生命保険の特約給付を受け取ることも考えた。しかし、そのときにはすでに友人は書類にサインもできなくなっており、結局、給付を受け取れず、同年6月に帰らぬ人になった。

 伊藤さんは「サインができなくなった友人に代わって、生命保険の手続きをすることもできない。自分の無力さを痛感しました。同時に、友人という立場でサポートすることに限界を感じました」と振り返る。

 こうした経験から、伊藤さんは成年後見制度を学ぼうと、市民グループ「達人倶楽部」が川崎市で開いた講座に参加した。市民に成年後見制度を理解してもらい、身近なところで相談に乗ったり、アドバイスしてもらおうとの狙いで開かれたものだ。講座は3回で、約25人が参加。講師が「成年後見人の役割には、手術の同意書を書くなどの医療行為に同意する権限は含まれません」などと解説すると、受講生らは熱心にメモを取った。

 ある受講者は「こういう制度があると知ったので、1人暮らしをしている友人にも伝えたい」と、理解が深まった様子。

 伊藤さんは「市民後見人になるには、まだまだ。成年後見制度を利用しようかと考えている方に、アドバイスするなど、できることから始めるつもりです」と力を込めた。

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 ■専門家が支える体制も必要

 平成17年度から、全国で市民後見人の養成講座を支援している「シニアルネサンス財団」事務局長の河合和(やまと)さんは「後見開始の申立件数と、本来必要だと考えられる数には大きな隔たりがあるように感じます」と指摘する。

 成年後見の開始を求める申立件数は19年度までに約15万人。多いようだが、厚生労働省によると、成年後見制度と同年に始まった介護保険制度の利用者は20年7月時点で約375万人。認知症高齢者は22年には208万人になる見込み。河合さんは「将来的に成年後見制度の利用者は増えるはず。制度が広く利用されるためにも、市民後見人の養成は急務」とする。

 「市民後見人」を養成する動きは活発になっている。東京都は17年度から、大阪市や東京都世田谷区は18年度から住民を対象に後見人を養成する講座を開催している。

 世田谷区では、講座を修了した中から、すでに13人が区民後見人として活躍している。同区介護予防担当部では「受講生の中で社会貢献する意識の高い人を推薦し、市民後見人になっていただいています。選任されれば、区社会福祉協議会が後見監督人になっています」と話す。

 大阪市では、受講生から21人が市民後見人として活躍している。

 ただ、市民が実際に後見人になる例はまだ少数だ。成年後見人や保佐人、補助人の72%は子、兄弟姉妹、配偶者、親などの親族。第三者は28%だが、多くは弁護士や司法書士などの専門家とみられる。市民が後見人になるのは、後見を受ける人に身寄りがないなどで、首長が成年後見の利用を申し立てた場合が目立つ。

 また、財産分割などでもめごとがある困難なケースも、市民後見人には不向きだとされる。世田谷区は区民後見人の基準として(1)(本人に)推定相続人がいない、または推定相続人がいても親族と財産などをめぐる紛争、トラブルがない(2)施設に入所、または入所目前である(3)管理すべき財産が多額でない(4)身上看護が困難でない−などを設けている。

 司法書士で構成する社団法人「成年後見センター・リーガルサポート」の松井秀樹さんは「市民後見人と弁護士や司法書士、社会福祉士などの専門職後見人との役割分担は明確にすべきでしょう。市民後見人が選任された場合、専門家がフォローする仕組みを、自治体が整える必要もあります」と指摘している。

(2008/12/24)