産経新聞社

ゆうゆうLife

高齢者住宅での看取り(上)

施設長と話す柳川百合子さん(右)は、現役の鍼灸師。2度のがん手術を経験した


がんの余命を宣告された金子照子さん。ボランティアで生け花の講師を務めるほか、「やしお寿苑」に飾られる花も生ける



 ■「死に場所」がある幸せ

 ケアハウスや有料老人ホームなど、老後の住まいの選択肢が増えています。在宅での看取(みと)りが推進されるなか、今後、こうした在宅扱いの居住系施設でも、末期がんなどの終末期を過ごす高齢者が増えるとみられています。高齢者住宅は終(つい)の住み家となるのか。初回は、看取りに取り組むケアハウスをリポートします。(寺田理恵)

 埼玉県八潮市の「やしお寿苑」は、身の回りのことを自分でできる高齢者約50人が暮らす自立型のケアハウス。特別養護老人ホームのような介護用の施設ではないが、何人もの入居者が最期のときを寿苑で迎えた。

 「死に場所があるのは、本当に幸せです」。こう話すのは、鍼灸(しんきゅう)師の柳川百合子さん(72)。平成15年に肝臓がんと胆嚢(たんのう)がんの手術をした後、寿苑に入居した。その直後、亡くなった入居者のお葬式が苑内で執り行われるのを見て、心強く感じた。

 「家族がいないので、最期は必ず人の世話になる。50代のころから、死に場所を考えて生きてきました。5年前に入居を申し込んだとき、がん患者は断られるのではないかと不安でしたが、ここでは『どうしても戻りたい』と言って、亡くなる前日に病院から戻った人もいる。食堂の椅子に座り、亡くなる前日まで昼食を取っていた人もいました」と、信頼を寄せる。

 18年6月、今度は乳がんが見つかった。医師から「発見がもう1カ月遅ければ生きていなかった」と言われ、死を覚悟した柳川さんは「毎日いっしょに暮らした人たちに見送られたい」と、寿苑での葬儀と入居者用の墓への埋葬を遺言書にしたためて手術に臨んだ。手術はうまくいき、今も現役で寿苑から鍼灸の仕事に出かけるが、再発の不安はある。「この次、がんが見つかっても、入院はしません。自然にここで逝きたい」と願っている。

 金子照子さん(82)は昨年1月、子宮体がんと診断され、「放射線治療を受けなければ年内の命」と余命を告げられた。しかし、「治らないなら治療をせずに、最期まで普通の暮らしをしたい」と望んだ。

 「ここでお通夜とお葬式をして、お骨にしてくれる。死に化粧もしてくれるから、何も不安がない。朝、出血はありますが、余命のことは頭に浮かびません。食欲もあるので、少しもやせません」と、にこやかに話す。

 併設のデイサービスで、生け花と書道の講師を月2回ずつ、ボランティアで務める。2週間に一度、病院で検査を受けるが、転移も痛みもなく、血液検査の数値も正常という。

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 ■職員少ないケアハウスでも

 ケアハウスには、大きく分けると原則60歳以上の自立した高齢者を対象に生活を支援する「自立型」と、介護保険の特定施設の指定を受け、65歳以上の要介護認定者が対象の「介護型」がある。自立型と介護型が併設されているところも多い。

 自立型は介護保険の指定を受けておらず、要介護になった入居者は、併設の訪問介護やケアマネジャーなど外部の介護保険事業所と契約し、在宅同様に利用する。そのため、介護職員の配置は少なく、要介護度が重くなったり、認知症などで集団生活が難しくなれば退去する所が少なくない。

 「やしお寿苑」は自立型で、施設というより、共用の食堂や浴室を備えた集合住宅。それでも、開設間もない13年に最初の看取りを経験して以来、何人もの入居者を看取ってきた。

 日常生活上の相談や緊急対応サービスも提供し、入居金380万円と、所得に応じた利用料月6万〜12万円の費用がかかる。

 末期のがん患者は、医師の訪問診療を受けるほか、職員体制の薄さをカバーするため、終末期の1週間から1カ月間、自費で家政婦を24時間雇う。最期が近づくと、施設長も泊まり込む。こうした過去の事例を知る入居者たちは、がんの既往症があっても安心して生活している様子だ。

 ケアハウスなどが加入する全国軽費老人ホーム協議会の西沢正一事務局長は「ケアハウスのなかでも、特養を併設しているなど、介護力があるところは最期まで看取る所が多い。ケアハウス単独の場合はまちまちです」と話す。

 入院・入所から在宅へと、社会保障の政策転換にともない、居住系施設でも看取りを支える仕組みは整いつつある。しかし、現状は、すべての居住系施設が看取りに取り組んでいるわけではない。なかには、入居者がやむなく退去するケースもある。次回は、介護付有料老人ホーム入居者の事例を紹介する。

(2009/01/19)