産経新聞社

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高齢者住宅での看取り(中)

亡くなった男性が生前よく過ごした席。家長のような風格で、フロアを見渡せる場所に座っていた=横浜市の「ライフ&シニアハウス港北」


 ■ホームで異なる取り組み

 介護付有料老人ホームは、24時間体制で介護サービスを提供します。特別養護老人ホームへの入所待機の受け皿となる低価格タイプから、入居一時金1億円超の高根の花まで幅広く、サービス内容もまちまち。終(つい)の住み家とするなら、日本人の死因のトップ、がんの看取(みと)りも期待されます。その実態は−。(寺田理恵)

 横浜市都筑区の介護付有料老人ホーム「ライフ&シニアハウス港北」は横浜駅や渋谷駅へ電車で約30分。介護用の居室に入るには、入居一時金1200万円から1500万円と、毎月約18万〜23万円がかかる。

 要介護1〜5の人の費用には月3万円の上乗せ介護金も含まれ、特別養護老人ホームよりも手厚い職員体制で、がんの看取りを行う。

 昨年3月に入居した男性は、直後にがんの転移が見つかり、10月に74歳で亡くなった。

 入居したのは、ぼうこうがんの治療後に脳梗塞(こうそく)を起こし、その後遺症の認知症状による暴言が出て、自宅での介護が難しくなったためだ。

 入居後、泌尿器科を受診し、腰椎に5センチの腫瘍(しゅよう)が見つかった。在宅医療も行うこの医師が6月20日、介護士や看護師、ハウス長、ホームの協力医らの立ち会いのもとで、妻に病状説明をしようとすると、男性は「おれのことだったら、聞く権利があるだろう」と同席を望んだ。

 認知症で不穏になると怒鳴ることはあっても、クラシック音楽を愛好し、外国語に堪能で、日記もつけていた。再発告知後は日本尊厳死協会に入会。積極的治療は行わず、痛みを緩和すると決めた。

 末期がんの看取りは、職員と家族との信頼関係が重要だ。職員は揺れ動く家族を励まし、精神面を支える一方、入居者本人や家族と考え方にずれが生じないよう、薬の変更指示など少しの変化でも家族に連絡をとった。

 男性は脳梗塞の後遺症と、がんの痛みで、思うように体は動かなかった。しかし、同ホームの生活相談員、下山田玲子さんは「食事は全部食べてもらうよりも、おいしく食べることを目的に。口から好きなように食べてもらいました。本人がはしで食べたい、バターナイフでバターを塗りたいと望まれました。そうすることが、本人にとっては尊厳を保つことになりますから」と話す。

 入居者が食事に要する時間は30分から1時間だが、男性は1時間超。痛みのため、トイレにも時間がかかる上、介助は2人がかり。手厚いケアを、実質的には特養の倍以上の介護体制が可能にした。

 ただ、同ホームでは看護師の勤務は日中10時間で、夜間を含む残り14時間は介護士だけ。看護師の大橋千鶴さんは「夜の服薬は介護スタッフ。看護師がいなくても夜中に対応できるよう、薬の相性や服薬時間を分かりやすい言葉で伝え、医師の携帯電話番号を掲示します。昔、在宅でしたようなケアを介護職ができる態勢にしています」と話す。

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 しかし、多額の上乗せ介護費用を徴収するホームでも、看取りをする所ばかりとはかぎらない。

 大腸がんを患った榊原泰治さん(76)=仮名=は入居金と上乗せ介護費の一時金計2000万円以上を払って入居した介護付有料老人ホームを、2年前に退去した。「再発は不安でした。入居動機も、規則正しい生活を送るため。しかし、末期がんの友人2人が相次いで退去を余儀なくされたのを見て、看取りは無理だと判断しました」と、怒りをにじませる。

 親しかった入居仲間の1人は肺がん。ホーム内で倒れて救急搬送され、入院後1カ月余りで退院を求められた。榊原さんが見舞いに行くと、仲間は「痛みだけは取ってほしい」と話した。榊原さんは「ホームに併設のクリニックはあるが、アルバイトの医師が交代で来るだけ。健康管理くらいしかしてもらえそうにない」とする。友人は結局、ホスピスに入り、1カ月後に亡くなった。

 もう1人はいったんホームに戻ったが、ホーム側は保証人の妹に、繰り返し入院を勧める電話をかけたという。

 「2人とも終の住み家のつもりで、自宅を処分していました。終身利用権付きのホームに入ったからといって、安心ではないと知っていただきたい」と訴えている。

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 ■入居前に実績の確認を

 高齢者住宅の入居相談を有料で行うタムラプランニング&オペレーティング(東京都千代田区)の田村明孝代表は「何割の有料老人ホームが末期がんの看取りを行っているか、実態はつかめないが、今後、取り組みが拡大されるべき分野。死に立ち会う経験を持った介護職はほとんどいない。これらの介護職員に医療的知識や倫理観、人生観などの研修が必要となる」と指摘する。

 その上で「ターミナルケアが受けられるかどうかを見極めるには、入居前にホームの看取りの実績件数を、その内容が衰弱か、がん末期かも含めて聞くこと。看護師が24時間体制で勤務しているか、在宅療養支援診療所や訪問看護ステーションとの協力体制が整備できているかも重要だ」と助言している。

(2009/01/20)