産経新聞社

ゆうゆうLife

増える介護離職(下)


 ■非正規に転じ手詰まりに

 親の介護に迫られ、正社員からパートや派遣などの非正規社員に転じる人が目立ちます。しかし、非正規に転じて収入が減り、かえって生活が不安定になる場合が少なくありません。介護費用や生活費もまかなえず、手詰まりになるのを防ぐには、どうすればいいのでしょうか。(清水麻子)

 「朝から晩まで働いても、母の介護費が稼げない。でも介護があると、こういう働き方しかできない…」

 東京都内の勝田真理子さん(32)=仮名=は派遣社員として主に百貨店の販売員として働きながら、若年認知症の母=60代、要介護5=を介護する。母と兄の3人家族。勝田さんの日々は過酷だ。12時間立ちっぱなしで働くことは珍しくない。帰宅後も休むひまもなく介護や家事を再開し、一息つくのは午前3時ごろ。しかし、母は2時間おきにたんの吸引が必要で、寝ついても、すぐに起こされてしまう。

 「たんの吸引があるから、特養には入れてもらえない。施設のショートに預けると、状態が悪くなって帰ってくる。施設に預けられる感じはしません」。過労とストレスからか、不眠症に悩まされている。

 勝田さん一家は昨年夏まである地方都市に住んでいた。勝田さんも正社員として働き、母の介護もしていた。しかし、平日に休みが取れず、通院の付き添いや往診日の対応ができない。兄の東京転勤を機に、一家で上京。勝田さんは少しでも柔軟な働き方を、と派遣社員を選んだ。

 シフト制で働くようになり、日中は確かに、時間を作りやすくなった。しかし、時給は1350円と低い。収入を確保しようと、別の2つの派遣会社にも登録し、依頼があれば、市場調査の仕事にも出かけるが、月給は20万円に満たない。

 一方で、在宅介護にかかる費用は多大だ。介護保険を目いっぱい使うが、自己負担分(約3万6000円)と合わせ、負担が30万円を超える月も。月給のすべてを介護費にあて、不足分と生活費を兄がまかなう。日中の時間を確保しようと、派遣社員になったが、拘束時間は変わらず、収入は減った。事態はかえって悪くなった気がする。

 「仕事を辞めて私が介護に専念すれば、こんなに体を酷使せずに済む。でも、そうしたら、精神的につぶれてしまうと思う」。逃げ場のない感情がつのる日々だ。

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 ■長時間労働で費用増

 働きながら、認知症や要介護4、5の人を自宅で介護する場合、介護保険では(1)週2回のデイサービス(就労時間に合わせ、前後に30分ずつ身体介護ヘルパーも使う)(2)週3回、3時間おきの身体介護ヘルパー(3)週1回の訪問看護(4)介護ベッドと車いすのレンタル代などを使うのが平均的だ。

 介護保険の限度額はこれでいっぱい。土日に勤務があったり、残業があれば、自費でデイやヘルパーを頼むしかない。しかし、デイは1日、約1万3000円、身体介護を伴うヘルパーだと、1時間約2500〜4000円かかる。生命保険文化センターが一般家庭を対象に、介護保険外で必要となるサービスの負担予測を調査したところ、平均19万円にもなった。

 NPO法人派遣労働ネットワーク代表の中野麻美弁護士は「派遣社員やパートなど、非正規の働き方は、もともと低賃金なので、生活を維持しようと思うと、長時間労働になりがちだ」と指摘する。

 介護費用を稼ぐため、長時間働き、拘束時間が長くなる分、自費サービスに頼らざるを得ず、悪循環だ。勝田さんのように家族がいれば、まだいい。しかし、「お金を出してくれる親族がいないと、自費サービスを使えず、要介護者を家に1人で放置せざるをえない」(都内のケアマネジャー)。

 育児・介護休業法では、非正規社員にも「1年以上雇用されていて、93日後も引き続き雇用される見込みがある」場合は介護休業の取得を認めている。しかし、厚生労働省の調べでは、派遣労働者の8割が3カ月未満で働き、多くが条件にあてはまらない。

 離職で収入が途絶えれば、共倒れの危険性もある。約3年前には、京都市で、派遣社員だった男性(当時56)が認知症の母(当時86)を介護しきれなくなり、仕事を辞め、介護費用と生活費に困り、母親と心中をはかる事件が起きた。

 裁判を傍聴し続けた「認知症の人と家族の会」の高見国生・代表理事は「仕事を続けていれば、資金は枯渇せず、こうした痛ましい事件にはならなかったはずだ。最近は、仕事を辞めて介護に専念する息子による虐待なども社会問題化している」とする。

 「在宅介護には安定した収入が不可欠。経済的基盤を失う介護離職は、男女問わず、絶対に避けなければならない。介護離職をどう防ぎ、どうしたら仕事と両立できるか、社会全体で模索する時期だ」

(2009/02/04)