産経新聞社

ゆうゆうLife

独身息子の母介護(1)仕事辞め、精神的に追い込まれ

 男性の晩婚や未婚化と、女性の長寿化の影響で、母親の在宅介護を担う独身の息子が増えています。仕事を辞め、母の介護に取り組む姿が美談として語られる一方で、彼らの多くはすべてをひとりで抱え込む傾向にあり、虐待などの課題も浮き彫りになっています。独身息子の母介護を、4回で連載します。(清水麻子)

 8畳の居間を、認知症の母(80)がグルグルと歩き回る。「ご飯だよ」。川崎市の元会社員、鈴木宏康さん(50)が声をかけると、母は足を止め、宏康さんを見てほほ笑んだ。

 4年前、母は徘徊(はいかい)がひどくなり、外出先から帰ってこられなくなった。宏康さんは部品製造会社に勤めながら介護を続けたが、中抜けできない部署への異動を機に、両立ができなくなり辞職した。

 以来、母の介護に専念する。介護保険の利用は土曜のデイサービスだけ。見守り、食事、排泄(はいせつ)、散歩介助をひとりでこなす。

 母の遺族年金で暮らす日々はつつましく、通院費がかさめば、生活は苦しい。しかし、「海外旅行などではなく、一緒にいてあげられる日々が一番、親孝行。そういう時を過ごせる今は幸せなのかもしれない」と宏康さん。あまりかまってもらえなかったという子供時代を取り戻すかのようだ。

 しかし、今の心境になるには時間がかかった。介護に専念し始めた当初、母には「昼夜逆転」もあった。夜11時に床についても、起き上がって散歩に出ようとする。未明にサッシを開け、ドアをたたいては「出してくれ」と叫んだ。近所に迷惑をかけては、と母を車に乗せ、高速道路を走り続けたことも。

 やっと帰ってホッとしたところ、母はじゅうたんに便を漏らした。ふいても、また漏らす。思わず「このやろう」と怒鳴り声が出た。「あのころは睡眠不足が続き、些細(ささい)なことでキレやすい状態だった」。それでも在宅介護にこだわるのは10年前、認知症で施設に預けてすぐ亡くなった父の経験があるためだ。

 しかし、仕事をやめ親を介護する独身者は「変わり者」「虐待者」のレッテルを張られがち。怒鳴り声を聞いたのか、近所の人の通報で駆けつけたケアマネジャーから「お母さんに辛くあたっちゃだめじゃない。何かあったら言って」と言われたときは失望感に襲われた。

 宏康さんはいう。「自己嫌悪に陥っていただけに、つらかった。『少し、外でたばこでも吸ってきたら?』とでも言われたら、どれだけ助かったか。『何かあったら言って』といわれても、長い間、会社人間で生きてきて、人を頼るなんて考えられなかった」

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 ■親思いも目立つ“不器用さ” つまずきがちな男性

 核家族化などで、夫や息子が介護の支え手として登場している。

 国民生活基礎調査によると、息子が介護する世帯は平成19年には7・9%で1割に迫る。さらに、晩婚化や未婚化、離婚などで単身男性の介護も目立つ。

 こうした息子たちについて、精神科医で高崎健康福祉大学の渡辺俊之教授は「基本的に親思いで、兄弟がいても自分が介護を引き受ける優しい性格。しかし、それまで仕事中心で、子育てなどの経験もなく、つまずく要素が多い」と分析する。そのうえで「男性は特に、父母が変わり果てていく喪失感に、悲しみより、怒りを表しやすい。独身の男性介護者を支援する網を早急に作るべきだ」と主張する

 しかし、介護にうまく対応できない独身息子の“不器用さ”を支える支援はまだ手探り。

 宏康さんを支えたのは、ボランティアグループ「すずの会」(川崎市宮前区)。介護に手助けが必要な人を探して話を聞き、行政に解決策を持ちかける。代表で、社会福祉士の鈴木恵子さんは、宏康さんに「人生には、いいときも悪いときもある。たまたま今が悪い時期なのよ」と話し、会の活動を手伝ってもらい、母を介護する気持ちを本にするよう促した。

 渡辺教授は「介護する息子に一番近いケアマネなどの専門職は、彼らの悲しみや孤独感を考え、上手に関係を作ってほしい。怒りの行動だけ見て説教するのは禁物だ」と話している。

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 ■30〜50代の独身男性、急増767万人 

 独身男性が増えている背景について、中央大学文学部の山田昌弘教授は「非婚化や晩婚化は昭和50年ごろから始まった。専業主婦志向の女性から、収入の低い男性が選ばれなくなったり、求められる要求が多くなり、希望していないのに、生涯結婚しない男性が増えている」とし、「今後は親の介護が加わり、婚期を逃す男性がさらに増える」と予想する。

 実際、親の介護に直面しがちな30−50代では、独身男性は昭和35年に国勢調査で約108万人と全体の1割に満たなかったが、平成17年には3割にあたる約767万人に増えている=グラフ。

 山田教授は「介護保険は、家に専業主婦がいて介護することを前提にしている。国は、独身者にも専業主婦同様の役割を期待するが、独身者は働かないと生活できない。働きながら、介護もできるようサービスを充実させるか、介護施設を増やすなど、独身介護者への対策を充実させるべきだ」と話している。

(2009/03/09)