産経新聞社

ゆうゆうLife

認知症介護の身近なアイデア(上)病院に連れていく

デイサービス参加者が心から楽しめるよう、職員は工夫しながらさまざまな語りかけをしてくれる=東京都千代田区の岩本町ほほえみプラザ


 ■子供の「情」や権威を使う

 物忘れなど認知症の兆候があるのに、かたくなに病院に行こうとしない高齢者が目立っている。うまく受診できたとしても、今度はデイサービスに行くのを嫌がってしまう。家族の悩みは尽きない。どうしたら病院やデイに行ってくれるのか。知恵を集めた。(清水麻子)

 「母が頑固で困ってしまって。どうしたらいいんでしょう?」。兵庫県明石市に住む庄司幸美さん(46)=仮名=が今、悩んでいるのは、日に日に物忘れが激しくなる母(83)のことだ。

 家の建て替えなど同じ話を繰り返し、時々、話がかみ合わない。「認知症に違いない」と思い、病院に誘っているが、絶対に首を縦に振らない。

 認知症の専門医、順天堂大学の新井平伊(へいい)医師は、「認知症初期の人は自分でもうすうす、症状に気付いている場合が多い。でも病気ではないと思い込みたいし、病院に行って本当に認知症だといわれるのも怖い。年齢を重ねると頑固さが増し、連れて行くのが困難になる」と背景を分析する。

 しかし、受診しなければ症状は進行し、介護保険の申請すらできない。何とか病院に連れて行きたい。

 新井医師は「正攻法は、妻などの配偶者ではなく、子供の情に訴えてもらうことだ。男性なら娘、女性なら息子から『心配でたまらない、私(僕)のために病院に行ってほしい』と感情を込めながら言ってもらうことで、心が動かされる場合がある」と話す。

 「認知症の人と家族の会」東京都支部の原英子代表が薦めるのは、風邪などで受診することが多い近所のかかりつけ医に協力してもらう手法だ。

 「なじみの医師に『年をとったらどんな人も一度、精密検査をしたらいいよ』と言ってもらう。高齢者は権威に弱く、『分かりました』と、すぐうなずく傾向にある」と原さん。

 では、病院嫌いで、かかりつけ医にも行きたくないという人の場合は?

 「『区から健診のお知らせが来た』という口実を作り、『みんなあの先生のところに行ってるみたい』とか、『帰りにおいしいものを食べてこよう』とか、うまく言いくるめる。頑固な人を動かすには下工作が必要」とアドバイスする。

 それでも、どうしても病院に引っ張り出せない場合は、本人が不在でも、家族の話を聞いてくれる医師の元を訪れる方法もある。新井医師は、家族だけの受診でも本人のカルテを作ってくれる。「症状の進行を遅らせる薬は、本人を診察しないと出せないが、家族の話を総合して認知症かどうかの判別をすることは可能」(新井医師)という。

 このように家族に門戸を開いている医師は多い。ぜひ近くの病院に聞いてみてほしい。

                   ◇

 □デイサービスに行かせる

 ■初回は“だまし”も必要/男性には「役割」与える

 病院を受診し、介護保険サービスを受けられるようになれば、次の関門はデイサービスだ。だが、病院と同様にデイにも参加したくないという高齢者は多い。特に男性で目立つ。

 大阪市の主婦、辻野千代子さん(75)は、人付き合いが苦手で強情な認知症の夫(80)がデイに行かずに困っている。しかし自身も持病を抱え、付ききりの介護が辛いという。

 東京都板橋区の高島平介護センターのケアマネジャー、小沢徹さんは「デイの職員が直接、玄関まで迎えに行くと、すんなりいく場合がある。デイでは入浴もしてくれるので、『お風呂に入りに行こう』と誘ってもらってもいい。言葉は悪いが、初回は少し『だまし』が必要。でも初回の壁を乗り越えれば、後はすんなり続くはず」とアドバイスする。

 「認知症の人と家族の会」東京都支部の原代表も「本人には事前にデイのことを少しだけ話しておく。当日の朝になって『この間言っていたこと、今日だからね』と伝えた直後にデイの人に玄関の呼び鈴を押してもらうよう手だてを整えておく。そして慣れるまでは家族も一緒に行く、という手はとても有効」と話す。

 デイサービスの職員にも、高齢者本人が力を注いできた仕事や趣味を事細かく話しておけば、楽しく過ごせるよう手をこらしてくれるはずだ。

 東京都千代田区の岩本町ほほえみプラザのデイサービスでは、事前に参加者一人一人が役割を持ち、一瞬でも主人公になれるよう、職員が意識して働きかけているという。

 高橋誠係長は「農家の方には土いじりの先生になってもらったり、習字が好きな方には式次第を書いてもらったり。特に男性は新たな仲間作りが苦手な傾向にあるが、当初は嫌がっていたのに、役割を与えられたとたん、『自分が行かなきゃいけない』と熱心に通うようになった男性もいた」と話す。

 ほほえみプラザでは、午前はコーヒーやお茶の時間に始まり、最近のニュースを話し合ったり、体操をしたりして過ごす。午後は、書道、カラオケなど複数のプログラムが用意され、飽きさせない工夫がなされている。プログラムへの参加は強制ではないので、自分のペースで本などを読んでのんびり過ごしてもよいという。

 それでも一部には、自宅に帰ってきた後、「あんな子供だましみたいな所は嫌だ」とか「福祉サービスを受けたくない」なんていう人もいる。

 原代表は「その場合は「『あの人がいる』作戦です。何回か通っていれば、仲のいい友人や職員ができる。かわいくて、お気に入りの職員がいる、というだけで通うようになる男性もいますよ」と話している。

(2009/05/25)