時折、夜間当直を務めている病院で、ある80歳超の女性患者さんがお亡くなりになった。
肉親を亡くしても、感情を表に出さない家族も中にはいる。だが、このときは女性の夫の方が、「長い間ありがとう」と涙ながらにつぶやいている姿が印象的だった。
筆者は主治医ではないので、その方の人生について詳しくは知らない。この患者さんはどんな人生を送り、どんな夫婦関係を築いていたのだろうか。そんな話も聞いてあげられたら、と思う。
ある方が40歳になってから、死ぬまでにあと何回、桜が咲くのを見られるかという逆算の思考をするようになったという。人には寿命がある。筆者も45歳。好きな海外旅行も年に1、2回のペースでは、せいぜいあと死ぬまでに30、40回も行ければいい方だろう。
ご縁があって、産経新聞で1年半以上もの長い間、連載をさせていただいた。前半はテクニカルな話題が多く、後半は医師や医療というものを知っていただいた方がいいだろう、ということで視点を少し変えさせていただいた。しかし、「患者の心得」ということは変えなかったつもりだ。
最近感じるのは、医療事故やトラブルの話題が毎日のように新聞をにぎわすようになって、医師と患者さんの信頼関係が失われつつあるということだ。
人は最後には死ぬのであるから、どこかで医師や医療従事者との関係ができることが普通だ。医師や医療従事者にとっても、人の死を看取(みと)ることはつらいものである。ある施設にはチャペルがあって、医療従事者が心を癒やしに来るという。
モチベーションという言葉がある。ある人を奮い立たせる動機、とでも訳すのであろうか。最終的に医療従事者が求めているもの、モチベーションの源は、患者さんからのお礼の言葉だと思う。そういった関係がなくならないことを、この連載の最後に祈りたいものである。
読者の皆様にどこまでお役に立てたか、心配だが、これでこの連載を終わることになります。皆様、長い間ありがとうございました=おわり。(医学博士 真野俊樹)
(2006/12/21)