がんの発生率は時代によって変化し、地域によっても異なるが、民族による違いは、環境による違いよりもはるかに小さい。このことを証明した集団がある。日本から海外に集団移住した日系移民である。
日本人には胃がんが多いという特徴がある。例えば、日本人の胃がんの発生率を8とすると、ブラジル人は7、米国人は1くらいである。
では、ブラジルと米国に渡った日系移民の胃がんの発生率はどうだろうか。調査の結果、ブラジルのサンパウロの日系人では7くらい、米国のハワイの日系人では3くらいに減っていた。
ブラジルに渡った日系人は、集団の中で日本的な暮らしを維持してきたのに対し、ハワイの日系人は早くからライフスタイルを現地流に変化させた人が多かった。
その結果、食事との関連が深い胃がんについては、ブラジルの日系人の間ではゆるやかに減ったのに対し、ハワイの日系人の間では急に減ったという違いが生じたものと考えられる。
これとは対照的な現象が見られるのが、日本人に少なく、米国人に多い結腸がんである。
日本人の結腸がんの発生率を8とすると、ブラジル人は11、米国人は25くらいである。調査の結果、ブラジルのサンパウロの日系人では8より少し多いくらいだったが、ハワイの日系人では28となり、むしろ米国人よりも多くなった。
大腸がんになりやすいライフスタイルに加えて、その変化に特に敏感な遺伝子タイプが関連していて、日本人にそのタイプが多かったことが考えられる。
がんによっても、変化の大きさが違う。たとえばサンパウロでは、前立腺がんは日系一世から、乳がんは二世から、どちらもゆるやかに上昇が始まった。乳がんは、本人だけでなく母親の環境を、あるいは幼いころの環境を反映するのかもしれない。
かつて、日本の移民政策という時代の要請に果敢に応じ、海外に定住の地を求めた日本人集団がいた。そのおかげで、貴重な医学研究の成果がある。
(国立がんセンター がん予防・検診研究センター 津金昌一郎)
(2007/03/01)