家族歴など、不可抗力といえるような要因で、乳がんの発生率が高いグループがある。特に、欧米の女性に乳がんは多く、予防策は緊急課題である。
乳がん治療の分野で、ホルモン療法の登場は衝撃的だった。適応は限られるが、従来の化学療法に比べて、患者へのダメージが少なく、効果が高いからだ。
この治療法を応用し、乳がんのリスクが高いグループに、予防策を講じられないだろうか−。そのような要求から、乳がんのホルモン療法に用いられる治療薬「タモキシフェン」による化学予防が試みられた。
ただ、化学予防が単純に有効とされた例はない。タモキシフェンによる化学予防は大いに期待され、浸潤性乳がんリスクは実際に半分に抑えられた。しかし、子宮体がんや肺塞栓(そくせん)症のリスクが高くなるという新たな問題を起こした。
このようなホルモン作用のある薬剤は、臓器によって働きが違うことが分かってきた。ある臓器では、女性ホルモンのエストロゲンを抑える作用が、別の臓器では強める作用が見られることがある。
また、新たなホルモン剤として、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)の一つ「ラロキシフェン」を用いて、大規模な乳がんの化学予防の無作為化比較試験が米国で行われ、結果が昨年、報告された。
乳がんリスクの高い閉経後の女性2万人について、タモキシフェンまたはラロキシフェンのいずれかが5年間投与された。この結果、浸潤性乳がんの予防効果は同様にあることが確認された。このうち、タモキシフェン投与群に子宮体がん、血栓、白内障が多くみられたが、早期乳がんは少なかった。その他のがん、心疾患、脳卒中、骨折は両者間で差が見られなかった。
ホルモン剤による乳がんの化学予防は、効果が認められた。副作用も明らかにされ、科学的根拠のもとに実用化が考えられる段階にきている。しかし、乳がん予防を目的として、症状のない人に、副作用の恐れのある薬剤を用いてもよいものか。
これまでの研究結果から、リスクとベネフィット(利益)のバランスについて、もう少し掘り下げて考えてみたい。
(国立がんセンター がん予防・検診研究センター 津金昌一郎)
(2007/06/21)