前回紹介した「タモキシフェン」は、米国食品医薬品局(FDA)がハイリスク女性の乳がん予防薬として、唯一承認した化学予防薬である。浸潤性乳がんに、これと同等に近い効果と確認されたのが「ラロキシフェン」。子宮体がんリスクも高まらず、日本では、閉経後女性の骨粗鬆症(こつそしょうしょう)治療薬として承認されている。では、これらによる化学予防は実用化されるべきだろうか。
心臓病のリスクが高い米国人女性約1万人を対象にした「ラロキシフェン」を用いた無作為化比較試験(RUTH)の結果を見てみよう。リスクとベネフィット(効果)を、1万人あたりの年間発生数に置き換えると、「ラロキシフェン」投与で、27人が乳がんになるところを12人は予防できる。乳がん以外では、13人が脊椎(せきつい)骨折を免れるが、12人が静脈血栓症になり、7人が致死性の脳卒中になる。これでは、乳がんを半減できても、命にかかわるリスクが高まってしまう。
別の無作為化比較試験の研究結果を総合すると、米国の乳がんリスクが高い女性なら、1万人に「ラロキシフェン」を投与すると、68人のうち33人の乳がん発生を予防できる。リスクはあるが、心臓病のリスクが高いグループに比べれば、静脈血栓症や致死性脳卒中のリスクは低いかもしれない。対象を乳がんリスクの高い集団に絞るほど、ベネフィットが副作用リスクを上回る。
化学予防は、対象集団によって、利害のバランスが変わる。しかし、ハイリスク集団の特定は難しい。米国の閉経後女性の平均的な乳がんリスクは年に、1万人当たり34人程度。「タモキシフェン」や「ラロキシフェン」による予防は、平均的あるいは中程度のリスクの女性には勧められないが、高リスクで、子宮摘出などで副作用リスクの低い女性には、検討の余地があるとされる。
日本では米国に比べ、一般的な乳がんリスクは低い。閉経後女性では年に、1万人当たり約10人。副作用を考えれば、うち5人の乳がん発生を予防するため、1万人に「ラロキシフェン」を投与することが正当とは考えにくい。
ただ、一人一人のリスクとベネフィットを正確に言い当てるのは難しい。本来の乳がんリスクと「リスクが半減する」意味を冷静に理解し、経済性も含めて、総合的バランスで予防投薬を判断したい。
(2007/06/28)