□「自己都合」なら3か月後
■安易に「証拠書類」を残さない
失業手当(雇用保険の基本手当)は、離職の理由によって、受けられる日数も時期も違います。働いている人が自身の都合でやめた場合は、解雇など、会社都合でやめた場合に比べ、受給開始が大幅に遅れます。しかし、従業員を解雇すると、企業側にも不利益があり、「会社都合」を認めないケースが報告されています。(佐久間修志)
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「あなたには、編集者としての適性がない。賃金カットで部署を変わるか、それとも自主退職するか、どちらかに決めてほしい」
東京都内の教材販売会社で教材本の編集者をしていた中本泉さん(42)=仮名=は今年6月、呼び出された会議ブースで社長からリストラを切り出された。会社に残る場合、賃金カットは約10万円。事実上の退職勧奨だった。
中本さんが引っかかったのは、社長の「自主退職」という一言。「なぜ、私が自主退職させられなきゃいけないのか」。納得がいかず、インターネットやハローワークで調べた。
だが、調べていくうちに、自主退職により、離職理由が「自己都合」にされれば、失業手当を受け取る時期が3カ月も遅れることなどが分かった。
もともと、中本さんが就職したのは、住宅ローンの支払いが生じたことが大きかった。「3カ月も無収入では…」。部署を変わって働き続けることも検討したが、給与など具体的な処遇は、当初の条件から二転三転。不安からか眠れなくなり、心療内科を受診するようになった。
中本さんはその後、個人加入の労働組合に相談。組合に交渉してもらった結果、「会社都合」を認めさせて退社した。
現在、次の就職先を探している。昨年からの雇用不安もあり、なかなか思うような仕事は見つからないが、「私は失業手当がもらえただけ、まだましな方かな」とも思う。
「実は、会社に言われるまま、自己都合で退職した同僚男性もいたんです。彼には奥さんも子供もいて…。失業手当もないまま、今ごろどうしているんでしょうか」
失業手当は、離職した労働者がハローワークで求職を申し込み、説明会を受講、約4週間後に再び出頭して失業を認定されると、振り込まれる。振り込まれるのは、求職を申し込んだ日から待機期間7日を引いた日数分だ。その後も失業していれば、28日ごとに失業認定を受け、失業手当を受け取る。
ただ、すべての離職者がこのスケジュールで失業手当を受け取れるわけではない。離職理由が、転職などの「自己都合」や労働者側に責任がある重大な過失による場合、3カ月間の「給付制限」が発生。受給時期が大幅に遅れる。
厚生労働省雇用保険課は「緊急度が高い労働者に対する給付を重視する観点から、解雇による離職などは支給が手厚い一方、安易な離職を防止するため、正当な理由のない離職については、制限を設けている」と解説する。
問題は、会社側の都合で労働者を解雇しながら、「本人の自己都合」と主張するケース。会社の事情で離職者を出すと、雇用関連の助成金返還や、助成金を一定期間、受け取れない場合があるためのようだ。
個人加盟の労働組合「全国ユニオン」が昨年末に行ったホットラインでは、「自己都合にされそう」という声が多く寄せられた。「自己都合にしなければ、離職票を発行しないと持ちかける悪質な例もあった」(関係者)という。離職票がなければ、失業手当が受けられない。
では、「自己都合にする」と言われたら、どう対応すればいいのか。専門家が勧めるのは、「自己都合で退職したとみなされるような書類を残さないこと」という。
理由はこうだ。従業員がやめるとき、会社は従業員の「離職証明書」をハローワークに提出する。書類は「離職理由」などを示すもので、会社が記入するが、内容に異議があるかないかを示す従業員のチェックと、サインまたは捺印が必要。さらに、離職理由が「自己都合」の場合は、その証明として、本人が書いた退職願を添付するのが通例となっている。
社会保険労務士の中尾幸村さんは「退職願がなくても、離職票は発行されるが、離職者が求職の申し込みに行った際、(離職理由に)異議があれば覆せる可能性がある」と指摘。「離職理由に納得がいかなければ、安易に辞表を書いたり、サインなどをせず、よく考えて」とアドバイスしている。
(2009/01/13)