産経新聞社

ゆうゆうLife

シニアの住み替え支援(中)

東京都内の自宅を貸し、故郷の岐阜県で新生活を楽しむ坂田さん夫妻


 ■機関通じて賃貸 家賃収入で生活安定

 思い出の詰まったわが家を、二束三文で売るのはためらわれる。空き家にするのも気がかりだ。賃貸はどうだろうか。そんな要望に応え、公的機関や地方自治体などがシニアのマイホームを借り上げ、子育て真っ盛りの若い世代に転貸し、安定した家賃収入を保証する制度を始めています。(横内孝)

 「子供が巣立ったら広い家は不要。部屋の掃除や庭の手入れに手間がかかるし、階段の上り下りも大変でした」

 茨城県守谷市の元公務員、栗山正道さん(69)=仮名=は昨年末、14年暮らした郊外の一戸建て(5LDK、駅からバスで10分)から、同じ駅近くのバリアフリーの新築平屋に住み替えた。

 注文住宅で建てた家は「終(つい)の住み家」のつもりだった。だが、家族構成の変化や加齢で住み替えに踏み切った。一時は売却も考えたが、愛着がある家だけに、できることなら手放したくなかったという。

 元エンジニアの坂田恒高さん(61)も4月、東京都八王子市郊外の一戸建て(4SLDK、駅からバスで25分)から、実家のある岐阜県に妻と移り住んだ。年老いて、体調を崩した母親の面倒を見るためだ。

 「とにかく、大事にしてきた家だから、空き家にするのは、家に対してもったいないという思いもありました」

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 2人が利用したのは、有限責任中間法人「移住・住みかえ支援機構」(JTI)のマイホーム借り上げ制度。

 JTIが、50歳以上のシニアが所有する戸建てやマンションを借り上げ、終身もしくは3年以上の一定期間、子育て世代に割安な家賃で貸し出す。空き家になっても、家賃はJTIが保証する。原資は、JTIが積み立てる転貸家賃と賃借家賃の差額(10%)と、国の拠出する5億円。契約更新は3年ごとだから、気持ちが変われば、自宅に戻ることも可能だ。

 家屋が昭和56年6月以前に着工されたものなら、貸主には耐震補強が求められる(JTIの仲介で約180万円程度)が、通常の民間賃貸で求められがちなリフォームは必要ない。現状で転貸する代わりに、転借人からは敷金、礼金も取らない。

 坂田さんは「契約後、空き家になっても家賃が保証される安心感が魅力」と感じたが、それでも、踏ん切りをつけるには理由が必要だった。「『あなたのマイホームが若い子育て家庭をサポートします』という、うたい文句が大義名分になった。だれかの役に立つ喜びがありました」という。

 坂田さんの家は5月から、ファミリー世帯に月8万8000円で転貸された。坂田さんには管理費と、JTIの積み立て基金になる計15%を差し引いた7万4800円が毎月、支払われている。

 坂田さん夫婦は年金生活だから、家賃収入は貯蓄に回せる。「万が一の備えにもなる。精神的に余裕が出ました」

 JTIは昨年4月に設立され、10月から首都圏を中心に事業を始めた。将来の利用を念頭に、登録した会員数は900人超だが、この1年間の住み替え契約は、まだ15件。

 代表理事で、立命館大学の大垣尚司教授は「地価水準が相対的に低い郊外や地方では、売らずに賃貸した方が経済的に有利な場合が多い。『売っても価値はない』といわれる築20年以上の家でも、地方なら、10年も貸したら、土地代がでるところが多い」とする。

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 地方自治体でも、住み替え支援は盛んだ。福岡県では、不動産業者109社を協力事業者として「県あんしん住替えバンク」を設置。住み替えを希望するシニアに、16年10月から住み替え先や持ち家の活用法などの情報を提供している。相談件数は過去3年間に2490件。これまでに、少なくとも69件の住み替えが成約したという。

 横浜市も昨年10月、住み替えを検討するシニアを対象に、市住宅供給公社が定期借家制度を利用して、シニアの持ち家を市場より安い家賃で子育て世帯に転貸する制度を始めた。富山市もシニアの持ち家を市が借り上げ、子育て世帯などに転貸する制度を始めるなど、シニアと子育て世代の住宅循環を目指した試みが続く。

 シニアの暮らしの相談に乗っているNPO法人「シニアライフ情報センター」の池田敏史子事務局長は「賃貸で『いやなら戻れる』という選択肢が用意されれば、シニアは住み替えを検討しやすくなる」と話す。

 大垣教授は「これからはマイホームが第2の年金になる。家を住まいとしてだけでなく、将来の資産とする考えが浸透すれば、生活設計は大きく変わる。より耐久性の高い家を作る人も増えるだろう」と期待している。

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 ◆移住・住みかえ支援機構のHPアドレス http://www.jt−i.jp

(2007/11/29)