産経新聞社

ゆうゆうLife

シニアの住み替え支援(下)

妻とふたり、ついの住み家で田舎暮らしを楽しむ住民=福岡県朝倉市


市が定期的に実施している現地見学会には毎回、首都圏から多くの移住希望者が参加する=山梨市


 ■過熱する地方の誘致合戦 自分の目で探す理想郷

 セカンドライフの舞台はさまざま。地方を中心に、アクティブシニアを呼び込む動きが活発になっています。シニアが集う街をつくったり、地域の空き家情報をHPで紹介したり。誘致合戦は熱を帯びています。(横内孝)

 福岡県南東部。福岡空港から車で45分の朝倉市。筑後平野を望む丘陵地「美奈宜(みなぎ)の杜」が広がる。健康と生きがいの街をうたう日本初のシニアタウン。東京ドーム27個分、126ヘクタールの敷地に、ゴルフ場や温泉施設、約1000戸を造る計画が11年前から進んでいる。

 敷地は1区画、平均280平方メートル。建て売りの価格は2500万〜3000万円。当初、5年で完売を見込んだが、経済環境の悪化で計画は大きく狂い、造成済みの土地半分が残っている。

 契約済みの420世帯のうち、実際に暮らしているのは約230世帯、400人。全体の6割強が首都圏や近畿圏からの移住者だ。

 「最後はとにかく、田舎でゆっくりと過ごしたかった。都会の雑踏にはもう飽き飽きした」

 国内外10カ所を転々とした元商社マン、大岸満さん(78)は11年前、ここを第2の人生の場所に選び、住民第1号になった。今春、航空会社を定年退職した小橋俊輔さん(60)=仮名=は9月、25年暮らした横浜市から妻(57)と移り住んだ。「いずれは戸建てに住みたいと思っていたが、都会では広さもたかがしれている。利便性より、ゆとりや心の安らぎを求めた」

 ほとんどがバリアフリーの戸建て。全戸の浴室、トイレ、居間に緊急通報装置があり、異常時には警備員が駆けつける。街の中心部には診療所やコミュニティーセンターがあり、センターには開発した西日本ビルの職員が24時間常駐する。

 しかし、計画の失速は、まちづくりにも影を落とす。理髪店、美容室は今もなく、昨春は街唯一の小型スーパーが店を閉じた。生協の宅配を利用する手もあるが、ほとんどの住民がマイカーや1日7往復の路線バスで市街に買い物に出る。

 思い描いた理想と異なる現実。住民が増えれば解決すると考える人がいる一方で、先行きの不安を口にする住民もいる。

 入居者の平均年齢は66〜67歳。要介護認定を受けた人は10人に満たないが、将来の介護に備える動きも出てきた。会社と住民有志はこの夏、住民の相互扶助による福祉ネットワークづくりと高齢者福祉施設を誘致する検討会を立ちあげた。西日本ビルの川久保克彦専務は「ニーズというより、将来への不安がある。知恵を出し合い、払拭(ふっしょく)していきたい」と話す。

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 各自治体ともシニアに向ける目は熱い。年間2万5000人もの転入者にわく沖縄県では、沖縄電力グループが55歳以上のシニアを対象に、定住型リゾートコミュニティー「カヌチャリブリオ」の建設を進める。

 名護市の東海岸約12万平方メートルの敷地に約500戸を整備する。1期73戸は21年3月に入居予定。2期には介護医療棟も建てる計画だ。県幹部も「介護、医療や娯楽施設を備えたコミュニティーは魅力的な観光資源になる」と期待を寄せる。

 山梨市では「空き家バンク」を立ち上げた。神奈川県茅ケ崎市の元教員、田中新一さん(63)=仮名=は5月、山梨市の山間の民家を850万円で購入した。「自宅から車で2時間半」という条件で30カ所近くを探し回り、最後に行き着いたのが「空き家バンク」だった。 

 自治体が空き家の売却・賃貸情報をデータベース化し、HPなどで移住希望者に紹介する。国土交通省の外郭団体によると、こうした情報提供をする自治体は100を超える。わずか1年で12件の契約が成立し、注目されるのが山梨市。同市の磯村賢一総合政策課副主査は「ミスマッチが起きないように、見学相談会では良い面だけでなく、不便な点も伝えるようにしている」と話す。

 総務省の「住宅・土地統計調査」(15年)によると、全国の空き家は約660万戸で、半数が地方圏にある。過疎化に悩む地方都市では、田舎暮らしを始めたい活動的なシニアを誘致し、地域活性化につなげる青写真を描く。

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 野村総合研究所の北村倫夫上席研究員は「退職などを機に移住したり、2地域に住む選択をするシニアが増えている。質の高い生活を提供できるシニアタウンはその選択肢になる」と話す。

 とはいえ、シニアタウンづくりや空き家バンクの仕組みは緒に就いたばかり。老後の住まい選びは、生き方選びでもある。理想郷は人によって異なる。入念な情報収集と慎重な検討が欠かせない。

(2007/11/30)