産経新聞社

ゆうゆうLife

今から考える葬儀のこと(上)


 ■身内だけで送る「直葬」

 葬送のあり方がこの10年あまりで様変わりしています。盛大な葬儀は影を潜め、家族やごく親しい友人だけで送る「家族葬」や、セレモニーをせず、火葬のみで済ませる「直葬」など、こぢんまりとした葬儀が増えています。「家族に迷惑をかけたくない」「お葬式に多額のお金を費やすのはもったいない」など、理由はさまざまですが、背景には、喪主も友人も高齢で、身内も少ない家族形態がありそうです。(横内孝)

 東京都杉並区の長沢洋子さん(61)=仮名=は8月下旬、92歳の父親を病気で亡くした。父親は神奈川県内で1人暮らしだったが、3年前に体調を崩して以来、入院生活を送っていた。

 8月初め、入院先の医者から「覚悟するように」と言われた長沢さんは、電話帳で調べた葬儀社案内センターで葬儀社を紹介してもらった。頼んだのは、葬儀をせず、身内だけで故人を送る「直葬」だ。

 父親は借金もないが、蓄えもなかった。「一人娘とはいえ、私は嫁いだ身。実家の葬儀にお金をかけるのは気が引けました。父は地域で絵を教えていたので、知り合いは多かったですが、誰を呼ぶかなど、段取りを考えると煩わしくなった。『葬儀はしなくていい』という生前の父の言葉を思いだし、従うことにしました」

 遺体を病院から葬儀社に運び、安置した。友引で火葬場が休みだったこともあり、荼毘(だび)に付したのは3日後。所要時間は1時間半。火葬場に運ぶ前、葬儀社の一室で父親が生前親しんだ歌「平城山」を流し、好きだった白いバラ、愛用の絵筆やスケッチブック、画集をひつぎに納め、夫と息子の3人でゆっくりお別れをした。「ずいぶんと簡略化してしまいましたが、心のこもったお見送りができました」。費用は20万円弱。母親を一般的な葬儀で送った6年前の費用の8分の1でおさまった。「私もごく親しい人だけでひっそり送ってほしい」と洋子さんは語る。

 そもそも、葬儀を行う義務はない。法律では死亡から7日以内に死亡届を出し、火葬・埋葬許可証を受け、死亡から24時間後に火葬することが決められている。法律で定められた最小限のことだけを行うのが直葬だ。

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 ■高齢化や費用も要因

 直葬について、葬儀専門誌「SOGI」の編集長で、葬送ジャーナリストの碑文谷創さんは「昔からあったが、以前は生活困窮者や身寄りのない人が大半だった。ところが、2000年以降、資産の有無にかかわらず、都市部を中心に広がり、今では東京で全体の2、3割、地方で5〜10%に達する」とみる。

 東京都港区にある「葬儀社総合案内センター」(コネクト)は、多くの葬儀相談機関があるなかで、どこの葬儀社の系列にも属さず、利用者の要望に応じて葬儀社を紹介する。紹介料を取らない代わりに、葬儀社から手数料を受け取る。三国浩晃社長によると、仲介した葬儀に占める直葬の件数は7年前に全体の1割だったが、今年度は3割近い。三国社長は「自分が亡くなったら直葬でと考える高齢者が増えている」とする。増加の理由について碑文谷さんは「葬儀に費用をかけたくない、あるいはかけられない人や、家族関係が希薄になり、手っ取り早く遺体を処理したいと考える人、儀式よりも故人との別れを重視する人が増えていることなどがある」と分析する。

 背景には、高齢化もありそうだ。厚生労働省の「人口動態統計」によると、平成18年の死亡数は約108万人で、半数が80歳以上。公正取引委員会の「葬儀サービスの取引実態に関する調査報告書」によると、個人葬の会葬者は、3年度には1件平均280人だったのが、17年度には132人と、半分以下に減っている。高齢化で引退後の暮らしが長くなると、仕事関係や近隣とのつきあいも薄れてくることがうかがえる。

 「変わるお葬式、消えるお墓」などの著書がある第一生命経済研究所の小谷みどり主任研究員は「故人も遺族も友人も高齢になれば、葬儀の規模は小さくなる。会葬者が減り、近親者で送るなら、見えや世間体を気にする必要もなくなる」と家族葬や直葬が増える理由を説明する。しかし、そのうえで、「葬儀は故人とかかわりのある人が心の整理をつける儀式。それを省くのは、残された人のグリーフケア(悲しみを癒やす)のプロセスがなくなることにもなりかねない」と懸念している。

(2008/09/22)