集団予防接種が原因で、二男がB型肝炎ウイルスのキャリアであると分かった後、母親の亀田谷愛子さん(45)はためらいながらも提訴に踏み切りました。家庭では、体にいいメニューを取り入れ、ちょっとした風邪をも恐れる日々。提訴による悪影響も懸念したといいます。二男、和徳さん(23)はこの4月、不安を抱えつつ、看護師としてスタート。その姿を、愛子さんは頼もしく見守っています。(聞き手 柳原一哉)
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なぜ、予防接種を受けただけで自分の子供だけがB型肝炎にかかってしまったんだろう−。和徳がキャリアだと知ったときには、怒りもありましたが、なぜうちの子はあたりが悪かったんだろうと思ったものです。
当日の保健所での集団予防接種の参加者にはキャリアの子供がいたはずで、注射針をかえなかったなら、和徳以外にも感染した子供がいたと思うんです。
訴訟に踏み切った第一の理由は、原因をはっきりさせたかったからです。証拠を集めると、和徳が保健所で感染したことは明らかでした。ですから、そのことを認めてもらいたかった。
全国にこうした感染者が何万人もいると聞かされ、そうした方々のためにも原告団に入るよう熱心に誘われたこともあります。
しかし、ためらいはありました。提訴は和徳が6歳ですから、感染が分かってから5年が経過していました。訴訟の原告になるのは嫌だった、というのが本音です。子供にとって影響はないのかと考えない親はいません。
世間に知られ、差別を受けるのではないかとか。「将来、就職できるかな」と心配したり…。
実際につらい思いもしました。知人から「うちの子と遊ばせないで」といわれたんです。周囲の人は病気への理解がない。というよりも、他人の病気のことは理解できない。もし、逆の立場なら、自分も同じことを思ったのではと思うと、今は許してもいいと思いますが…。
最後は信頼できる先生から強く勧められて原告団に入ることを承諾しました。最初は名前だけ貸すというような気持ちでした。もちろん、今は原告になって良かったと思っています。
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B型肝炎ウイルスのキャリアは、いずれ肝炎などが出るけれど、表向きは普通です。和徳には小4のときに、キャリアであることを知らせました。3カ月から半年に1度、定期的に肝機能をみる血液検査をしていましたから、本人は「風邪でもないのに、なぜ」と不思議に思っていたようで、ある日、尋ねてきたのです。
もともと、高校生になったら知らせるつもりでした。しかし、いつかは知ることです。キャリアはいずれ肝炎を発症、肝硬変になる恐れがあると説明しました。
その意味が当時、分かったのか、分からなかったのか不明ですが、中学生になってからは意識が出てきたようで、書店で肝臓に関する本を読んだりしていました。
取り乱したりせず、「おれみたいな年齢でこんな経験している人間、いないよね」と話すなど、めげずに前向きな姿勢でいるのが何よりもうれしいですね。
もっとも、強がりかもしれません。小学生のころ、円形脱毛症ができました。いじめられていたようで、毛髪のことを指摘したら、ようやく口を開くなど、弱みを見せないのです。これから先、つらくなったらポロッと言うかな。聞いてやりたいと思います。
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和徳は看護師になり、4月から札幌市内の病院で勤め始めました。早めに出勤したりして、張り切っていますよ。私も実は看護師になりたかったから、子供に夢を託してしまったのかな。
看護師を選んだのは本人の病気と無関係ではありません。爆弾を抱えているだけに、患者さんに思いやりを持って接することができると思います。
ただ、仕事を続けるにも、健康第一。キャリアであることの治療法はないから、血液検査で監視していくしかない。
いつくるか。この心配はずっと抱えていかなければならない。口には出さないけれど、和徳自身が一番つらいでしょう。「血を全部取っ換えたら治るんじゃないか」と、冗談交じりで言うのもその裏返しだと思う。
でも、深刻ぶったりしていませんよ。決して。家では「(発症するのは)いつかねぇ」って軽口を言うと、「さぁ、いつかねぇ」って返ってくる。悪い方へ悪い方へ考えちゃだめですから。
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≪感染気づかぬまま過ごしている人も≫
B型肝炎訴訟の原告はわずか5人だが、B型肝炎を発症した患者と、感染しているが、発症していない「キャリア」をあわせると、計200万人に上るとみられる。なかには、幼児期の感染に気づかないまま過ごしている人もいると見られる。
成人の感染は一過性に終わることが多いが、幼少期の感染では症状が出ず、後に慢性肝炎や肝硬変に移行することが知られている。
厚労省は平成14年度から緊急対策事業を実施。感染の懸念のある人は、加入する健保組合や市町村などで検診を受けられる。
(2006/08/04)