□介護士・袖山卓也さん

　■楽しく生きてほしい 高齢者の心つかんだ　あきらめない思い

　親友のバイク事故をきっかけに、医療の道を目指した“元ヤンキー”の介護士、袖山卓也さん（３４）。しかし、医療より、心のケアをしたい思いが強まります。「不自由な体を抱え、遠からず死を迎える高齢者は、どんな思いで毎日を過ごしているのだろう」。袖山さんはそう考え、未経験の高齢者介護の世界に飛び込みます。そして、高齢者の心をつかみ、カリスマ介護士と呼ばれるようになっていきます。（清水麻子）

　高校卒業後、名古屋大学医療技術短期大学に入学し、卒業後は病院で臨床検査技師として働きだしました。しかし、扱うのは、血液などのモノ（検体）。患者と直接、触れたい思いが強まり、就職から２０日後、病院を辞めました。

　放送大学に入り直して保健衛生学を学び、人が死や病の恐怖を克服する手だてを見いだそうと、もがくなか、ある病院のホスピス病棟に出入りする機会を得ました。そこで出会った人の大半は、最期のときを自分が納得できるよう過ごそうとしていました。

　死は必ずやってくる。ならば死を間近にした人々をケアしたい。自分には、崇高な宗教の理念や哲学を並べる知識も経験もない。だけど、患者と同じ目線で私自身の悩みや愚かさを伝えながら、一緒に泣いたり笑ったりはできる。そうすることで、相手が癒されたり、死と向き合う勇気を持てるようになるなら、それは人をケアすることになるのではないか。

　病から心へ。目指すべき方向が見えてきました。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◇

　民間の介護ビジネス会社に入ったのは、不自由な体を抱え、遠からず死を迎える高齢者がどんな思いで毎日を過ごしているのか知りたかったからです。

　介護の世界は新鮮でした。しかし、高齢者がホームで心から笑っていないことが気になりました。ベッドに寝たまま、あるいは車いすに座りっぱなしで無造作に放置されていた。昼間なのに、１日中うなだれ、生きているのか死んでいるのか、分からない状態でした。

　認知症の人の介護はさらにひどかった。監禁棟と呼ばれる部屋に閉じ込められ、分からないからいいだろうと、開けっ放しのトイレで排泄（はいせつ）させられる。暴れる人はベッドに縛り付けられ、薬で廃人にさせられる。

　生気も笑顔も失なって最期を迎える。この生活から解放され、外に出られるのは、棺の中で眠るとき…。

　反抗期を終えて封印したつもりでいた怒りが爆発しました。この国の高齢者福祉はどこかが間違っている。私が変えると、心に誓いました。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　◇

　まず、高齢者の気持ちと望みを知ろうと、風呂介助で共に湯船につかり、刺激を与えるためレクリエーションを何時間も展開しました。先輩介護士からは「そこまでしなくても」と、陰口をたたかれました。でも、あきらめたくなかった。

　以後、良かれと思うことはすべて実現しました。服の脱ぎ方、靴下の履き方、食事の仕方、個々の習慣を大切に介護をしました。すると、徐々に高齢者が私を選んでくれるようになったのです。「あの人に介護してもらいたい」。彼らの後押しで、私は２７歳でデイサービスセンターの施設長に任命されました。

　施設長を引退した後も会社を設立して、高齢者施設の運営支援をしています。施設の入居者はたいてい屋内で靴履きですが、これらの施設では、家にいるように過ごしてもらおうと、部屋では靴が脱げるように設計しました。毎日の風呂、光電話やインターネットも当たり前。「すごいですね」といわれますが、普通の生活をしてもらっているだけです。

　委託を受けて行った老人保健施設では、ほとんど笑わない男性がいました。私たちは語りかけ、男性の歴史や望みを知ろうと心がけました。

　そして、その方が経営していたガソリンスタンドの職員になりきってコントを展開してみました。すると、声を出して笑ってくれたのです。その日以来、その方は、私たちに心を許してくれるようになり、硬かった表情も和らいできました。

　スタッフが明るいと高齢者も明るくなるし、暗いと暗くなる。感情は伝染します。だから、高齢者に幸せでいてもらうには、介護士が笑っていることが大事です。

　心にゆとりがないと、人に優しさを配れません。いつも心に余裕をもち、笑っている介護士でいるためには、プライバシーを充実させ、その高齢者を知るために、たくさん努力することに尽きると思います。

(2006/08/11)