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障害者が自立できる社会へ(上)

 ■「障害者の経済学」著者、中島隆信教授(46)

 ■脳性マヒの息子への愛 米国留学きっかけ 「保護」から「支援」に

 「障害者の経済学」(東洋経済新報社)を、今年2月に出版した慶応大学商学部の中島隆信教授(46)は、自身も障害のある息子と暮らす父親です。著書では経済学の視点から障害者を論じ、「障害者が自らの意思で消費し、働く社会をつくる方が、社会にとっても望ましい」と訴えます。国内外の施設や学校、関係者を多く取材し、本にまとめた情熱の裏には、障害児である息子への思いがあります。(北村理)

 私と妻の恵(45)には2人の息子がおります。長男は太一(20)、二男は陽二(11)で、2人の名前を合わせると「太陽」となるように名付けました。

 太一は早産で生まれました。肺が未成熟だったとかで、無呼吸発作を起こしたことなどが影響して、脳性マヒの障害を負いました。

 父親の私としては、彼が障害を負っていることを受け入れるのに相応の時間が必要でした。母親は受け入れるのがもっと早かったようですが。

                   ◇

 私は当初、太一の置かれている状況がよく理解できず、「年齢のわりに、なぜ、そんなことができないのか」、「なんでこんな子が生まれたのか」という疑問や葛藤(かっとう)を抱いたこともありました。

 しばらくは、リハビリを受けさせれば、機能回復につながるのではないかと真剣に考え、太一にリハビリをうけさせることに執心した時期もありました。

 彼の障害を受け入れ、1人の独立した人間として見てやるのに時間がかかりました。

 彼を保護すべき対象としてしか見ていなかったのではないか、障害を受け入れ、障害をもつ1人の人間が独立した生活を送るのに、適切な支援をしてきたかと自問すればするほど、疑問が生じます。

 彼に対して、親が何かをしてあげるのが当たり前になれば、彼にすれば親から何かをしてもらうのが当たり前になってしまう。そうすると、彼は生きる上で自分の意思が持てなくなってしまうわけです。

 今にして思えば、太一の人生の節目節目は、本人の意思とはかかわりなく、親が決めていました。

 本人の意思決定を後ろから支える「支援」ではなく、親の方が、子どもの人生に主体的になってしまう「保護」をしていたといえるでしょう。

 それは、彼を保護すべき対象である弱者としてしか見ていないわけです。日本では、家庭でも福祉施設でもこうした色合いが強い気がします。

                   ◇

 13年前、妻と当時7歳だった太一を連れて米国へ留学しましたが、障害児の自立について考えさせられたことがありました。

 住んでいたコネティカット州では、障害児である太一のために、毎朝登校時に、車いすが積めるリフト付きのスクールバスを配車してくれました。

 また、学校生活での介助もつけてくれ、普通の家庭のご婦人が地元の教育委員会から派遣され、太一の学校生活を助けてくれました。

 全く面識のない人に太一をお預けしたわけでなく、事前の面接でお互い納得するまで話をする機会も設けられていました。

 つまり、太一の学校生活に親が介入することなく、彼が1人で登校し1人で学校生活を送るという形が大事にされていたわけです。

 さらに、驚いたことに、それらの福祉サービスは無償でした。短期滞在の日本人家庭のために、米国社会はそうしたサービスを提供してくれたのです。

 米国では当時、障害者への差別を禁じた「アメリカ障害者法」(1990年、ADA法)が制定されたばかりでした。

 コネティカット州が太一にしてくれたことは、この法律の精神にのっとってのことですが、1人の児童の自立を支援し、社会に送り出そうという米国社会の強い意思は、十分に感じ取ることができました。

 それから日本に帰国しましたが、日本はそのような状況ではなく、不満が募りました。

 当時も、障害者について本を書こうと思いましたが、そのころに書いていれば、日本の障害者を取り巻く状況について、一方的な批判を述べるにとどまったかもしれません。

                   ◇

【プロフィル】中島隆信

 なかじま・たかのぶ 昭和35年生まれ。58年、慶応大学経済学部卒業。商学博士。専門は経済学の実証分析。平成13年から慶応大学商学部教授。平成5年から7年まで米イエール大学エコノミックグロースセンター訪問研究員。著作は専門書のほか、「大相撲の経済学」「お寺の経済学」「障害者の経済学」(以上、東洋経済新報社)など、多岐にわたる。

(2006/10/05)

 
 
 
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