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エッセイスト・野原すみれさん

 □認知症の義母の介護

 ■自身の経験手記に “頑張らない”介護 高齢社会に伝えたい

 認知症の義母を介護していたころ、野原すみれさん(68)は本屋に並ぶ芸能人の介護手記があまりに美談ぞろいなのに憤慨したそうです。「こちらは倒れそうなのに、何が『介護してよかった』よ」と。その怒りは赤裸々な介護をつづった著書になり、多くの読者の共感を得ました。以後、介護施設の施設長や講演を頼まれるなど、野原さんの人生は思わぬ方向に進みました。義母を見送った今、野原さんは「介護がなければ今の自分はなかった」と振り返ります。

(聞き手 永栄朋子)

 結婚と同時に同居した義母は明治33年生まれ。長谷川町子さんの漫画「意地悪ばあさん」のような人でした。嫁いだころ、ダシの煮干しは1人何匹かと尋ねたら、「実家に聞いてきなさい」と言われましてね。

 母の名誉のためにこっそり料理学校に通い、先生に聞いたんです。そして義母に「1人5匹だそうです」と言うと、「それは正式な取り方。3匹でよろしい」って。最初から教えてくれたらいいじゃない? (笑)

 電車に乗ろうと急いでいたら、義母が「電話よ」と追ってきたので家に戻ると、ただのセールスだったことも。義母は「若い男が『若奥様は?』と言うから、大事な用だと思って」なんて言う。こんな調子でしたから、80代後半で義母に認知症が出ても5、6年はおかしいのは根性が悪いせいではないかと思ったほどです。

                 ■□■

 義母の認知症は、お金から始まりました。通帳の残金が合わないと言うんです。義母は日記に預けた額は詳細に書き込んでいましたが、引き出した額は記録していなかったから、日記と通帳の記載が合わなくて当然。でも、何度説明しても納得せず、銀行の窓口に出向いては「盗んだ」と大騒ぎ。

 私の留守中に支店長さんを呼びつけたことも。家の前に黒塗りのハイヤーが止まっているのを見たときは、思わず他人のふりをして逃げましたよ。

 それから、食事。食べたばかりなのに、食べてないと言う。こちらも認知症だなんて思わないから、「目の前にお茶碗(ちゃわん)があるでしょ。それが食べた証拠です」なんて、いちいちぶつかり、何度も泣いて家を飛び出したものです。

 医者から「ボケてるんだから、適当に聞き流しなさい」と言われ、初めて「これが有名な認知症か」と。無知って怖いですね。でも、それぐらい分からないものなんです。

                 ■□■

 介護保険の要介護認定で、認知症の判定が低いと問題になりますがよく分かります。認知症の人は、人前では立派に振る舞うから、大変さが伝わらないんです。

 うちの義母も来客におすしを取り、「おばあちゃんもどうぞ」と勧めても「いいえ、結構でございます」。でも、客が帰ると、食べようと飛んできたものです。

 ガスをつけっぱなしにし、粗相して汚した下着を隠し、ウンチを取っておいたこともあります。でも、目は離せなくても、口は達者で足腰も丈夫だから、困るんです。

 そのころ、夫が肝臓を患って入退院を繰り返しましてね。当時は介護保険もないし、お総菜の店もないから大変でした。役所から短期入所を勧められたときは、ありがたかったですね。

 私にも仕事があるのに、夫の兄弟はだれも介護できない。特養ホームに入居を頼んでも八十数人待ち。義母が100歳を目前にホームに入居できたのは、ひとえに長生きしたから。「これで私に万が一のことがあっても、子供たちに迷惑はかからない」とほっとしたものです。 

 義母はホームで4年ほど過ごし一昨年、104歳で亡くなりました。普段どおり朝ごはんを済ませ、オムツ換えのためにヘルパーさんが入ったときには亡くなっていたそうです。「あっぱれ」の一言に尽きますね。

 葬儀には夫も含め3人の実子はみな体調が悪く参列できませんでした。子供だって80近いんですもの。これが高齢社会の現実だと思います。

 昔のように寝付くのが半年だったら、家族で面倒を見ればいい。でも、今は下手をすれば介護が30年続くことだってありうる。がんばったら、若い人の方が倒れてしまいます。だから頑張らないことが大事。長続きする介護をするためにも、介護保険のサービスを目いっぱい使わなきゃいけないと思います。

                  ◇

【プロフィル】野原すみれ

 のはら・すみれ エッセイスト。主婦のかたわら、フリーライターとして地域紙などに執筆していた当時、実母と義母の介護に携わった。15年にわたる介護体験から、著書「老親介護は今よりずっとラクになる」(情報センター出版局)などを出版。平成11年に東神奈川高齢者ショートステイセンター「若草」の施設長に迎えられ、今春、退職。現在は横浜市の介護保険認定審査会の委員を務めるほか、執筆や講演活動に励む。

(2006/10/13)

 
 
 
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